雨降って

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雨降って

 部活のないある日、花は帰ろうと昇降口を出たところで、雨が降っていることに気付いた。 そういえば、午後は雨って天気予報で言ってたっけ…と思い出したたところで、後の祭りだ。 (このぐらいなら、走って行ってもなんとかなるかな)  花が駆けだそうとした時、ふっと頭上に影がかかるのを感じた。振り返ると、ミツが傘を掲げて立っている。 「花ちゃん、傘忘れたの?良かったら駅まで一緒に帰ろー!」 「え、でも…」 「大丈夫大丈夫、この傘でかいから。明日も学校なのに制服びしょびしょになっちゃうよ?」  ミツは、花が一人で教室を出たのを見て、密かに追いかけてきたのだった。大きめの折り畳み傘を常に鞄に入れていたことが、ようやく功を奏した。これも、春休み中にネットで見た胸キュンテクの一つである。  「じゃあ」と花が素直に従い、二人で駅へ向かって歩き出した。  校門を出ようとしたところで、雨の中アカシアの木にミツバチが舞っているのを見かけ、花は足を止めた。ミツもそれに気づき、少し遅れて立ち止まる。 「あの時、ミツバチさえ来なければ・・・」 くしゃみ三連発にあんな顔、見られなくて済んだかもしれないのに。 花がぼやくと、ミツがすかさず否定する。 「そう?ミツバチのおかげで花ちゃんとも仲良くなれたと俺は思ってるし、ミツバチ様様だよ~」 「ミツ君だって、あんな顔私に見られたのに?」 「もちろん!親近感湧いたでしょ?」  花がはっとミツを見上げる。思いがけない近さに、一瞬息が止まった。 なんて前向きな人なんだろう。最近の花は、ミツバチやら花粉やらのせいにして、ネガティブ思考になっていたのではないか、と思い知らされた。 「ミツ君ってさ、なんか、いいね」 思わず心から出た言葉だが、それがどれだけミツの心臓を揺さぶったのか、花は全く気付いていない。その直後にミツが花の片手を手に取ったことに、心底びっくりした顔を返した。 「花とミツバチってさ、なんか、俺らみたい。  俺さ、こんなふうに、もっと花ちゃんと仲良くなりたいんだけど」  そう言って、ミツは握る手にグッと力を込め、真っ直ぐに花の目を見つめた。  傘の中で、握られた手と視線と、その二点で押さえられ、花は身動きが取れなくなった。身体は動かないのに、心拍が早くなり、顔が上気する感覚を憶え、戸惑う。 (ていうか、近いよ近いよ近いよーーー)  今日は、いつもオチをつけてしまっていた元凶である、くしゃみは出ない。決まった――。ミツは、雨に感謝した。 「ふふっ」 花の笑顔が咲く。 「でも、杉山に檜木って、ほんと花粉の申し子って感じだね」 花が笑ってくれたことに、ミツは安堵の息を吐いた。 「いいじゃん、花粉症仲間だし」 「それも、そうだね」  花粉に、ミツバチに翻弄される形で始まった花の高校生活。うじうじするよりも、それを楽しんだ者勝ちだとミツが教えてくれた。  感謝と、これからの日常への期待を込めて、花はミツの手をきゅっと握り返した。
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