高校デビューは花粉症デビュー

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高校デビューは花粉症デビュー

 うっわ、ひっどい顔!  檜木花(ひのき はな)杉山蜜也(すぎやま みつや)の目が初めて合った時、二人の目は真っ赤に腫れ上がり涙でグシュグシュ、鼻は膨らみ、その下には水分がキラリと垂れているーーという、最悪なものだった。  そんな、淡い恋のときめきからは掛け離れた第一印象から恋に発展するなんて、一体誰が期待できただろうか。  檜木花の入学予定の高校では、入学式前の3月下旬に、二泊三日の交流合宿が行われる。その学校は、中等部からの持ち上がり組が半数、外部から受験して高等部から入学してくる生徒が半数という構成だ。この合宿は、まだクラス分けも決まる前に他の生徒と親睦を深め、学校生活を幅広く充実したものにできるように、という学校の方針らしかった。  外部受験組の花は、これから始まる高校生活に胸を高鳴らせ、合宿を楽しみにしていた一人だ。  そんな花の期待は、初っ端でこっぴどく打ち消されることになるのだが。  合宿1日目。午後に学校に集合して、バスで現地へ向かう。内部進学組と思われる生徒達は、それぞれ友人達と楽しそうに談笑しており、とてもじゃないがコミュ力の塊というわけでもない花には、輪に入ることはできなかった。バスの席は幸いにも、同じく外部編入と思われる、一人でいた女の子と隣になった。 「私、山田菜花(なのか)。高等部からの入学だよ、よろしくね」 「あ、私も高等部から・・・檜木花だよ、よろしく」  菜花は、花と同じバレー部に入るつもりらしく、すぐに意気投合した。中学時代のこと、これから高校生活にどんな期待をしているかなど、取り留めなく話をしていたら、あっという間にバスは合宿所に到着した。 (ふふ、早速友達もできたし、幸先いいな) と花がほくそ笑んでいると、菜花に腕を引っ張られた。 「花、何してるのー?これから全員ホールに集まってオリエンテーションだって!行こ行こ」  オリエンテーションでは、先生からこの合宿の趣旨とスケジュールの説明があった。初日である今日は、部屋に荷物を置いたあと夕食を取り、再び全員が集まって自己紹介をするということ、2日目は近くの山に行き杉の植林をすること、3日目は朝食後すぐにバスで帰る、といったことが伝えられた。  10人ずつに割り振られた部屋は、菜花も同じだったので一安心だ。2人は、話しながら部屋へ荷物を置きに向かった。 「杉の植林かぁ。初めてだなぁ。菜花、やったことある?」 「いや、私も初めてだよ。それにしても、親睦を深めるチャンスって実質植林の時だけだねぇ。なんか、黙々と植えることになりそうだけど、周りの子たちと話せるかな?」 「どんな感じなんだろうね?でも親睦イベントでやるくらいだから、割と自由に話せるんじゃない?」  菜花とは、もうすっかり打ち解けたような気がする。それだけでも花にとっては収穫だし、明日もなんとかなるだろうと期待していた。  夕食後の自己紹介タイムは、ちょっときつかった。一同がホールで車座になって順に話していくスタイルだった。同学年になる生徒は3クラス分約100人と、高校にしてみればあまり多い方ではないだろう。だが、受験勉強で視力の落ちてきていた花には、距離のある生徒の顔はぼやけてしまい、向こう半分はほとんど見えなかったのだ。  菜花が「ねぇねぇ向こうにかっこいい男の子がいるよ」と小声で話を振ってきた時も、目を細めてみてもよく分からなかった。仮に見えていたって、100人の顔と名前をすぐに一致させることは難しいだろうが、余計にできる気がしなかった。 「メガネかコンタクト作らなくちゃだ・・・」 部屋に戻る途中で花がぼやいている横で、菜花ははしゃいでいた。 「さっきの内部進学のイケメン2人組、明日仲良くなれたらいいなー」 なんてウキウキしている。  部屋に戻り入浴を済ませ布団を敷き、同室の他の子達ともある程度打ち解けることもできた頃、初日の疲れもあってか、花は消灯後すぐに眠りに堕ちてしまった。  そして、翌日。  山の麓に集められた生徒たちは、それぞれ中学時代のジャージに身を包んでいた。内部進学組は皆揃ったブルーのジャージ、花たち外部組はバラバラのジャージを着ているので、誰がどこ出身か大変わかりやすかった。植林のための整地は既に済ませてあり、生徒たちの役割は苗木をそこに植え肥料をかぶせること、と説明があった。花は菜花と共に、早速作業に取り掛かった。  苗木を植えた後の土を、ぽんぽんと軽く叩きながら菜花が言う。 「ふぅ、結構楽しいかもね、これ」 「だね…受験で運動不足だったからか、ちょっと疲れたけど…」 「あはは、そんなんじゃ部活入った後、耐えられるかな~?」 菜花が花の顔を覗き込んだ時、ぎょっとして目を見開いた。 花の目が真っ赤に腫れ上がっていたのだ。 「花、大丈夫?もしかして、花粉症だった?」 「え?いや、違うけど…ちょっと目が霞むなって思ってたけど、そんなひどい?」 「ひどいひどい!ちょっと見てみなってー」 と手鏡を出してくれ、花自身もその姿に仰天した。 「やだ、なにこれ」    花が自分の見た目にショックを受けていた時、ふと鏡にブルーのジャージが二組、こちらに近づいてくるのが映った。 「ねぇねぇ、俺たちと一緒に、苗木植えない!?」 一足先に振り返った菜花が、花の耳元で「ね、昨日のイケメン二人だよ」と囁く。 「あはは、何それ~!変なナンパ!」 「ナンパじゃないよ、これから同級生になる子たちとの親睦でしょ~親睦」  男子の片方と菜花がさっそく打ち解けた様子だが、花は顔が気になって振り返れずにいた。 その時、花の前をぶぅんと蜂が横切った。 「きゃっ蜂っ」 花は驚いて体勢を崩して土で滑ってしまったが、なんとか転ばずに持ち堪えた。 と思った次の瞬間、猛烈なむずがゆさが鼻を襲ってきて、くしゃみが三発、連続で出てしまった。止まらないくしゃみの横で、「ぶえぇっくしょい!」と色気のかけらもない男子のくしゃみも聞こえる。ようやく治まった花が顔を上げると、目の前に目を真っ赤に腫らし、鼻水でぐしゃぐしゃになった男子の顔があった。 「ひゃっ」「うわぁっ」  お互いに思ったことは同じだったのだろう、二人同時にのけぞった。 「ちょっとちょっと…二人とも、大丈夫ー?」 菜花が差し出してくれたティッシュで鼻をかむ。 「あっ、そういえば蜂は?」 「あぁ、あれはもうどっか行っちゃったよ。それに、ただのミツバチだから大丈夫だよ」 菜花と話していた方の男子が教えてくれた。 もう一人の男子も、鼻をかんでからようやく花たちの方を向いた。 「檜木さんも、花粉症?」 あれ、名前教えたっけ、と不思議に思ったが、「違う」とだけ答える。 「ある日突然、花粉症になることもあるよー。俺は昔っからで、今日も薬飲んでたんだけどさすがにこんだけ杉の多いところに来たら意味ないよね」 そうなんだ、これが花粉症ってやつか、思っていた以上につらいな、と花は思った。  二人の男子は、最初に話した方がトモ、花粉症の方がミツ、と言った。 「ミツ、そんなに花粉辛いなら、さすがに欠席すれば良かったのに。自殺行為だろこれ」 「いや、お前抜け駆けしようったってそうはさせねー。新学期、俺の知らないとこで皆仲良くなってたらなんか損じゃん」  ミツが新しいマスクを取り出し、装着する。菜花が、 「ミツくん、替えまで持ってるんだ、準備いいねー」 というと、ミツは更にもう一枚を花に差し出してくれた。 「はい、花粉症デビューなんだったら、何の対策もしてないでしょ」 「いいの?ありがとう」 ミツから貰ったマスクを着け、それからは四人で植林をした。色々話した気もするけど、やはり目の痒みと鼻のむず痒さ、くしゃみに気を取られ、ほとんど覚えていられなかった。  花の高校生活は、新しい出会いこそあったものの、花粉症の突然の発症と、その為にぐちゃぐちゃで情けない顔を男子に間近で見られてしまう、という形で幕を開けた。
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