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『……そう。そんなことがあったんですね』 「信じてくれるの?」 『そこの山には結構登ったことがあって。実家から近いんですよ。だからいろんな縁とか、神様の伝説とかあるのも知ってますし』 「鳥取寄りの島根出身だって言ってたっけ。ーーー本当にありがとう。君がくれたお守りを落としたから、帰る道が分かったんだ」 あの後。 お守りを落とした位置があの場所だと分かり、方位磁針と地図を照らし合わせて無事に下山することができた。 居てもたってもいられず、彼女に電話をした。 スマホが壊れているので、近くにあった電話ボックスからかけている。 「そんなわけでこれから帰るから、週明けには会社に復帰するよ」 『はい。お会いできるの、楽しみにしてますね』 緑の電話内で、カシャンとコインが落ちる音がする。 「あーもう小銭がないや。切るね、ごめん」 『はい、また週明けに』 「会えるの楽しみにしてる!」 プツッ。ツーッ、ツーッ。 無機質な音がして、大切な彼女との通話は呆気なく切れる。 でも、俺の心はもう穏やかだった。 山の澄んだ空気を吸い込み、深々とお辞儀をする。 幻の花を見せてくれたこと、無事に下山させてくれたこと。 そして今の世相に淀み、大切な人の愛情まで疑っていた心を諭してくれたことへの感謝に。 さあ。また毎日が少し不安で、マスクの息苦しい社会に戻ろう。 ここで見られた花の、透明な輝きのおかげでしばらくは頑張れそうな気がする。 冷たいと思っていた彼女がくれた、温かい思いやりに少しでも報いるためにも。 「よし! 来週からは仕事だ!」
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