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ーーー日産のホワイトパール。 何度も助手席に乗せてもらった、見慣れた色の乗用車が林道へと出て行く。 テールランプが見えなくなる所まで見送って、『彼女』は木陰から姿を現した。 「ーーーはぁ」 彼のツイッターアカウントは知っていて、こっそり様子は伺っていた。 サンカヨウを見る為にこの山に行くつもりだと知った時には、頭を抱えたものだ。 確かにウイルスをうつす心配はない。しかし、登山の最中に発症したらどうするのだ。 実際には、全然違う理由で遭難しかけていたわけだが。 わたしが渡しておいたお守りは、ちゃんと効力を発揮してくれたようだ。 「……戻ったか」 山道の入り口まで歩み寄った時、暗がりから声が聞こえた。 「お久しぶりです、大智明権現さま」 『あの青年は無事に帰ったか』 「はい。ーーー彼を守ってくださり、ありがとうございました」 『お前の想いの詰まった勝守を持っていてはな』 やむを得まいよ。 小さく呟いた相手の姿は、見えない。 「ちなみに、助けたのは私だけではないよ。道に迷うたあれを案内してくれたのは『陛下』だ」 「……後醍醐天皇さまが?」 『あの御方も同じく、今の世相を憂いておられる。いつの世も民草が疫病で苦しむ姿は見たくないものよ』 「そうでしたか」 『ーーー人間の世界では、うまくやっていけているか?』 「何とか馴染んでいます。……ウイルスで弱っている彼に会ったら命を吸い取ってしまいそうで、避けていましたが」 『お前を冷たい女だと思っていたと聞いて、少し焦ったぞ。だが最後はちゃんと温かい心を持っていると、感謝して帰っていった』 一泊置いて。 山の守り神はこちらを、見えない視線で真っ直ぐに見据える。 一際明るい月光が、わたしの姿を照らし出した。 先ほどまでマフラーを巻き、ダッフルコートを着ていた姿はいつの間にか変わっている。 白い和服に、白銀の髪。 『……ずっと憧れていた人間の世界で、お前が幸せになれることを祈っているよ。 雪女』 「はい。頑張ります」 ーーーこの大山には、様々な神と伝説が存在する。 月光が雲に遮られ、わたしたちの姿は宵闇に溶けた。 やがて、何も見えなくなった。 <終>
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