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<8>
ーーーどうしてこうなった。
この山の神がいるなら、問うてやりたい。
一体、俺が何をした?
時刻は19時を過ぎていた。夏至に近い季節とは言え、明かりのない山中の夜は早い。
懐中電灯は、生い茂った森を照らすには余りにも心許なかった。
……道に迷った。
地図と方位磁針を頼りに、山を降りてきた。
どんどん左足首の痛みが強くなってくる。険しい山道を下るのはキツかった。
ただでさえ上りより足に負担がかかるのに。
「こ、このまま遭難とか、ないよな?」
ズキズキと疼く痛みだけではなく、背中に冷たい汗をかき始める。
そんな時だった。
「……こんな時間まで山に居座るとか、死にに来たのか?」
「どわっ?!」
思わずその場から飛び退いて、激痛が走る。
急に背後から人の声がしたからだ。
振り向くとそこにいたのはーーー一人の少年。
ひ、人がいた。
安堵したのも束の間。その姿を思わず二度見する。
歳の頃なら15、6。意志の強そうな瞳の子は、学生時代に歴史の資料集で見たような服を着ていたのだ。
「お前……何でこんなところで、そんな服……」
多分、束帯とかいう奴。色は暗くて分からないが、特徴的なシルエット。おまけに頭には冠、手には笏? まで持っているときた。
あ、ダメだ。コイツさては普通の人じゃないな?
遭難の不安で、ついに幻覚まで見えてきたのか。
「この国は今、苦難の時を迎えておる」
「……え? コロナのことですか」
「いつの時代にも飢えと戦、疫病は民草を苦しめる。嘆かわしいことだ」
少年は俺など眼中にもないような、遠い目をした。
それから改めて気付いたかのようにこちらを見る。
「俗世を儚んで死にに来たのか?」
「いえ違います。普通に道に迷いました」
「お主がこの山の神を無碍に扱ったからじゃろうが」
それ、『彼女』の怒りに触れたから。
すっと指さされた先を目で追うと、そこに「いた」のは。
「地蔵!」
「失敬だな。この山の神の一人だぞ」
暗がりで懐中電灯をかざすと、よく見かけるタイプのお地蔵様が鎮座していた。
「や、山神様……。を無碍に扱った覚えなんて」
ないですよ。
そう言おうと振り返った時には、和服の少年の姿は消えていた。
少し離れたところで、彼の声が。
「『お前』の頼みだから案内はしてやったぞ。じゃあな」
俺ではなく、背後の誰かにーーーつまりは、この地蔵尊に対しての言葉だったのか。
それっきり声はなく、気配もまるでなかったようにかき消えた。
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