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ーーーどうしてこうなった。 この山の神がいるなら、問うてやりたい。 一体、俺が何をした? 時刻は19時を過ぎていた。夏至に近い季節とは言え、明かりのない山中の夜は早い。 懐中電灯は、生い茂った森を照らすには余りにも心許なかった。 ……道に迷った。 地図と方位磁針を頼りに、山を降りてきた。 どんどん左足首の痛みが強くなってくる。険しい山道を下るのはキツかった。 ただでさえ上りより足に負担がかかるのに。 「こ、このまま遭難とか、ないよな?」 ズキズキと疼く痛みだけではなく、背中に冷たい汗をかき始める。 そんな時だった。 「……こんな時間まで山に居座るとか、死にに来たのか?」 「どわっ?!」 思わずその場から飛び退いて、激痛が走る。 急に背後から人の声がしたからだ。 振り向くとそこにいたのはーーー一人の少年。 ひ、人がいた。 安堵したのも束の間。その姿を思わず二度見する。 歳の頃なら15、6。意志の強そうな瞳の子は、学生時代に歴史の資料集で見たような服を着ていたのだ。 「お前……何でこんなところで、そんな服……」 多分、束帯とかいう奴。色は暗くて分からないが、特徴的なシルエット。おまけに頭には冠、手には笏? まで持っているときた。 あ、ダメだ。コイツさては普通の人じゃないな? 遭難の不安で、ついに幻覚まで見えてきたのか。 「この国は今、苦難の時を迎えておる」 「……え? コロナのことですか」 「いつの時代にも飢えと戦、疫病は民草を苦しめる。嘆かわしいことだ」 少年は俺など眼中にもないような、遠い目をした。 それから改めて気付いたかのようにこちらを見る。 「俗世を儚んで死にに来たのか?」 「いえ違います。普通に道に迷いました」 「お主がこの山の神を無碍に扱ったからじゃろうが」 それ、『彼女』の怒りに触れたから。 すっと指さされた先を目で追うと、そこに「いた」のは。 「地蔵!」 「失敬だな。この山の神の一人だぞ」 暗がりで懐中電灯をかざすと、よく見かけるタイプのお地蔵様が鎮座していた。 「や、山神様……。を無碍に扱った覚えなんて」 ないですよ。 そう言おうと振り返った時には、和服の少年の姿は消えていた。 少し離れたところで、彼の声が。 「『お前』の頼みだから案内はしてやったぞ。じゃあな」 俺ではなく、背後の誰かにーーーつまりは、この地蔵尊に対しての言葉だったのか。 それっきり声はなく、気配もまるでなかったようにかき消えた。
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