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<9>
「神隠しコースかな、これ」
半ば投げやりに、地蔵のそばに腰を下ろした。
明らかに現世の人ではない少年に、変な所に現れた地蔵。
山の神の怒りにでも触れたんだろうか。
「俺何も悪いことしてないんですけど」
「女の想いを無碍にしてるであろうが」
「シャベッタァァァ‼︎!」
2mくらい飛びのいて尻餅をつく。また左足首に激痛が走った。
「イッテ……、あ、アンタも山の妖怪かなんかなのか? 俺を遭難させて死なせようって魂胆か?」
「……やれやれ。疑い深い人間よ。お前は何も見えておらんな」
地蔵は存外若そうな声で、微動だにせず声だけで喋った。
「どうしてこの山に来た」
「……珍しい花があるって聞いたんでそれを見に」
「今外出自粛宣言とか出てなかったか? 」
「地蔵なのに何で世情に詳しいの? ……人に会わなきゃいいんでしょ。こんな山奥に来ることまで制限されたかないわ」
「病人は寝てるのが仕事じゃろ。それをのこのこ山奥まで彷徨きに来るからこんな目に遭う」
「何でアイツみたいなこと言うんだよ? みんなして人をやばいウイルスみたいに扱いやがって!」
「……」
「誰も彼も冷てぇんだよ! 暇だし会おうぜっつっても、今はやめた方が良いとか。検査で安全だって出たのに。……美香まで」
「それはお前の恋人か?」
「そうだよ。……見舞いに来てまで会わずに帰った、冷たい女だよ」
「……」
ちっ。と思わず舌打ちが出る。
高嶺の花と言われた彼女と付き合えて、浮かれていたのは自分だけなのか。
「……足元を見てみろ」
しばらくの沈黙の後、地蔵は唐突に言葉を発した。
暗がりの茂み。頭上に登った月の薄灯りでは捉えられず、懐中電灯で照らして見る。
「なっ……サンカヨウ?!」
「それか、探していた花というのは」
「なんでこんなところに……この辺りの高さは見ながら登ったのに」
「見えなかったんじゃろ、純粋に」
地蔵は表情を変えないまま、淡々と言葉を紡いだ。
「昨夜、この山では雨が降ったのじゃ。お主がこの辺りを通った昼頃では、まず見えなかったであろうな」
「見えなかった? ……あ、もしかしてーーー濡れてた?!」
「正解じゃ。この花達は、濡れると透明になる。暗がりの人の目では、見逃してしまうのだよ」
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