<9>

1/1
前へ
/12ページ
次へ

<9>

「神隠しコースかな、これ」 半ば投げやりに、地蔵のそばに腰を下ろした。 明らかに現世の人ではない少年に、変な所に現れた地蔵。 山の神の怒りにでも触れたんだろうか。 「俺何も悪いことしてないんですけど」 「女の想いを無碍にしてるであろうが」 「シャベッタァァァ‼︎!」 2mくらい飛びのいて尻餅をつく。また左足首に激痛が走った。 「イッテ……、あ、アンタも山の妖怪かなんかなのか? 俺を遭難させて死なせようって魂胆か?」 「……やれやれ。疑い深い人間よ。お前は何も見えておらんな」 地蔵は存外若そうな声で、微動だにせず声だけで喋った。 「どうしてこの山に来た」 「……珍しい花があるって聞いたんでそれを見に」 「今外出自粛宣言とか出てなかったか? 」 「地蔵なのに何で世情に詳しいの? ……人に会わなきゃいいんでしょ。こんな山奥に来ることまで制限されたかないわ」 「病人は寝てるのが仕事じゃろ。それをのこのこ山奥まで彷徨きに来るからこんな目に遭う」 「何でアイツみたいなこと言うんだよ? みんなして人をやばいウイルスみたいに扱いやがって!」 「……」 「誰も彼も冷てぇんだよ! 暇だし会おうぜっつっても、今はやめた方が良いとか。検査で安全だって出たのに。……美香まで」 「それはお前の恋人か?」 「そうだよ。……見舞いに来てまで会わずに帰った、冷たい女だよ」 「……」 ちっ。と思わず舌打ちが出る。 高嶺の花と言われた彼女と付き合えて、浮かれていたのは自分だけなのか。 「……足元を見てみろ」 しばらくの沈黙の後、地蔵は唐突に言葉を発した。 暗がりの茂み。頭上に登った月の薄灯りでは捉えられず、懐中電灯で照らして見る。 「なっ……サンカヨウ?!」 「それか、探していた花というのは」 「なんでこんなところに……この辺りの高さは見ながら登ったのに」 「見えなかったんじゃろ、純粋に」 地蔵は表情を変えないまま、淡々と言葉を紡いだ。 「昨夜、この山では雨が降ったのじゃ。お主がこの辺りを通った昼頃では、まず見えなかったであろうな」 「見えなかった? ……あ、もしかしてーーー濡れてた?!」 「正解じゃ。この花達は、濡れると透明になる。暗がりの人の目では、見逃してしまうのだよ」
/12ページ

最初のコメントを投稿しよう!

1人が本棚に入れています
本棚に追加