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「…ん?」
今朝方鍵を掛け忘れただろうか。
鍵を挿し回して扉が開かないのだから多分そういう事なのだろう。
朝寝覚めの悪い俺はほぼ考え無しに動いているので、覚えているわけもないが、でも、自分はこんなに不用心な人間だっただろうかとほんの少しばかり疑ってしまう。と同時に、心做しか室内から物音がするのに気付いてしまって、ひょっとしたらと内心期待もしながら再び鍵を挿しておもむろに扉を開けた。
直ぐに目に飛び込んで来たのは久々の光景。
大きめのタオルを手にこちらへ掛けてくるあの人。
「あぁっお前まだそんなことしてんのかっ。雲行き怪しかったらちゃんと傘持ってくんだよ!朝早く起きて天気予報見ろってあれだけ…!」
まるで親とか兄みたく口煩く言いながら彼は俺の目前まで辿り着く。
夢かな。いや、違う、間違いない。
俺は堪らなくなって、衝動のままに飛び付く勢いで抱き締めた。
腕の中で、「ぅぉっ」と小さく声がする。
次に会う時はもっと落ち着いて大人びた姿を見せるつもりだった。そう決めてた。のに。
実際、余裕なんかまるで無かった。
「ばっ、濡れるだろっ」
何事かと狼狽える彼が俺の胸の中でもがもがと暴れるのすら無視して、無我夢中で名前を呼んだ。
あれだけ切望していた日常が戻ってきた。
怖いくらいの幸福感。
ひょっとしてこれはただの夢じゃないだろうか。
もしか、
神様は俺を上げるだけ上げた後、とんでもない高さから突き落とす気なんじゃないか。
ぐるぐるとそんな事を考えている内、彼は動きを止めて大人しくなった。
俺の異常なまでの取り乱し振りに呆れたのかもしれない。彼は、小さくふぅっと息を吐くと「ただいま」と言って俺の背中を2、3度叩く。
すうっと心が落ち着くのを感じた。身体が軽くなる気すらした。
いかに俺が彼を原動力に生きてきたかが分かる。
あぁ、やっぱり。
雨の日は好きだ。
俺は、彼を尚一層強く抱き締めた。
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