決して内から開かぬよう

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 重い足取りでマンションの階段を上がり自宅を目指すが、4階は一仕事終えた足には中々堪える。若干の息切れをしながらも玄関前へたどり着き、スラックスに引っ掛けたキーケースをそれごと取ると収められた鍵を一つずつ押し出していく。ドアに補助錠を後付けするにあたり新調したこれは、アーミーナイフのように幾つもの鍵を一つに収納してしまえるので重宝している。なんといっても、そのままぶら下げるのと違いじゃらじゃらとやかましく音を立てないのが良い。  押し出した鍵で、上から一つ、二つと解錠していく。がちゃり、かちゃん、かしゅん、それぞれ立てる音を聞き比べているうちに、ずるりずるりとドアの内から別の音が近づいてくるのを感じていた。 「出迎えなくて良いのに」  全く仕様がないな、という呆れと、単純な嬉しさとが同時に湧き上がって両方を飲み込む。全ての鍵を開け終えると意を決してドアノブに手をかけた。引く時はいつも慎重になる。 「ただいま、良い子にしていた?」  どん!どん!どん! おかえりの代わりとばかり、壁が揺れるほど柵を体当たりで揺すり、彼は声にならない唸りを上げた。鍵と同じく複数重ねたが、スチール製の柵では心許ない。手前に追加で設置しておくべきか、と予定を立てたところで、持って帰ってきたお土産を柵越しの彼の眼前に掲げる。 「今日は調子が良さそうだ。ご飯にしようか」 「ううー!」  途端に悲しそうな顔を見せてくるので、僕は下唇を噛んだ。 「そんな顔しないでくれよ。だってこれしか……頼むから今日は食べてくれ」 「ふーっ、ふーっ、うあー!」  袋から出したそれを押し付けるも、かすれた声で拒否される。もう声も満足に出ないほど弱っているのに、どうして食べてくれないのか。用意するのだって、ひどく苦労するんだ。これでは無駄骨ではないか。虚しくなって、僕は途方に暮れた。
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