決して内から開かぬよう

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 僕と彼は恋人同士だった。一緒に暮らして、毎日をただただ平凡に過ごしていた。彼は優しく、仕事もできて、いつも僕を尊重してくれた。落ち着いた彼の声が、余裕のある話し方がとても好きだった。  ちゃんと最後まで聞いてくれる姿勢も、遠慮がちに伸びてくる手も、確かめ合うようなキスも、どれも幸福だった。朝、同じ布団で目覚めるその贅沢を、僕らは分かっていたはずだったのに。 「もう良い! 勝手にしろ!」  あの時本当に下らないことで意見がぶつかって、喧嘩をしたんだ。もう内容も覚えていない。頭に血が上って静止を振り切って家を飛び出し、マンションの階段を駆け下り、道路に出たところで彼に腕を引かれたことはしっかり記憶にこびり付いている。  次の瞬間、見知らぬ誰かが彼に飛びついた。酔っ払いかと思ったものの相手の様子が普通ではなく、喧嘩のことも忘れて引き剥がそうとした。しかし力が尋常じゃない。  ごりっ。ばきっ。  不意に嫌な音が響いた。何が起こっているのか? 理解する間もなく、混乱して見知らぬ誰かを蹴飛ばし無理矢理引き離す。くず折れる彼を慌てて抱き留める。肩から首にかけて抉られている。人間の顎でこんなことができるのか?  「なんで?! きゅ、救急車……!」  携帯電話を持ってきていないことに気づいて助けを呼ぼうと周囲に視線を巡らせ、僕は絶望した。一面血と、人間を襲う人間のようで人間でないもので溢れていた。先週彼と見た海外ドラマを思い出す。ああ、ゾンビの居る世界だ……。  腕の中で彼が彼でなくなっていく。意識はとっくに無い。どうしよう、どうしよう、どうすれば良い? どうしてほしい? ……どうしたい? 時間はあまり無かった。僕は考えて、答えを出した。  ずるずると彼を引きずって家に戻る。応急処置をして、意識が戻る前に部屋にあるもので拘束させてもらう。今日より外界は地獄だ。君の居るこの家だけが日常だ。 「絶対に諦めない。君が君に戻るまで」
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