決して内から開かぬよう

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 あれからしばらくたった。街は意外にもまだ、ぎりぎりのところで機能している。政府が思いの外早く対処したからだ。しかし原因解明には程遠く、ゾンビの増殖は止まっていない。少しでも鈍化させるには現状ゾンビとなってしまった彼らを駆除するしかないと、文字通りゾンビ狩りが横行している。そのため、僕のように大事な人を隠しておく人間がいるのもまた事実。世界は本当に変わってしまった。  僕があの時家を飛び出さなければこうなっていなかったのではないか。と、しても仕方のない後悔を始める前に、自分の頬を乱暴に叩いて暗い気分を追いやり、食事を拒絶する彼の目をしっかりと見る。濁ってはいるが面影は消えていない。そうだ、これは希望だ。本当に優しい人だった。もしかしたら彼はまだ、自我を完全に消失したわけではないんじゃないか。だから食事を躊躇するんだ、そうだろう? 「×××」 「うああ……うう……」  名前を呼ぶと、彼の瞳が揺れた気がした。 「大丈夫、君を守るよ。排除しようとする外界から。君の中の得体の知れないものから」  うちにはゾンビが居る。彼は、大好きな僕の恋人は、キスもできない。ハグもできない。直接触れたら最後、僕も僕でなくなってしまうけれど。昨日も明日も治療法を探して歩き回り、彼の居るこの家に帰ってくる。  そのドアは決して内から開かぬよう。けれどいつか、二人で"いつか"のように開くことを約束しよう。だから今日も。 「行ってきます」
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