ルミナス

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 藍白からのメッセージが届くまでには、少しの時間が空いた。その間も、千秋はベッドから起き上がる気になれず、だまって天井の壁紙の模様を見上げていた。いつもサイレントモードにしているスマートフォンは、それを解除して、何がしかの通知が届いた時には音が鳴るようにしてある。  やがて、眠気に絡め取られそうになった頃に、軽快な通知音が鳴った。  スマートフォンを手に取ると、今度ははっきりと、藍白からのメッセージであることが通知に表示されていた。  少しだけ恐怖感をおぼえながら、千秋はメッセージを開く。 <聴いていただけるということで、ありがとうございます。一ファンとして、こんなにも嬉しいことはありません。  あくまでここからの内容は、私の主観です。もしもお気を悪くされたら、申し訳ありません。  さて早速ですが、chiakiさんの作品は、情景や心理描写がとても綺麗な言葉でまとめられているのが特徴だと思っています。  だからこそ、作品全体にただよう、どこか(とはいえ、こんなこと本当に起きるわけないだろ)という雰囲気を壊してほしいです。虚構は頭から爪先まで虚構であるからこそ美しいと思うのです。  極端に言えば、作品の中の主人公のポテンシャルが何から何まで最強であっても、私は構わないと思います。大切なのは、その主人公と読み手の気持ちがリンクして、心のわずかな変化すらも感じ取れるような書き方であることです。人は中途半端に優しい事実よりも、身の毛もよだつ残酷な虚構の方を面白がって読むものだと思いますから>  メッセージは一度、そこで切られていた。  サイト上やTwitter上での藍白が、ここまで直接的な物言いをしているところは見たことがなかった。だからこそメッセージの内容に千秋は衝撃を覚えたし、自分が小説を執筆している時になんとなく感じていて、かつ、その正体を見破れなかったモノの存在を見事に言い当てられたことにも、驚きを隠せなかった。  ウインドウの中で、藍白がいまメッセージをしたためていることを知らせる表示を眺めつつ、千秋はいくら作品を書き続けても自分の中でどこか突き抜けられないと思っていた被膜に、やっと指先を当てることができたような感覚を味わっていた。  やがて、新しいメッセージが飛び込んできた。  千秋はその文面をむさぼるように読み進める。 <その鍵になるのは、文章の濃淡にあると私は思っています。  本のページやサイトのビューアに表示されているのが白と黒だとしても、感情や情景、登場人物の台詞ひとつひとつが全て同じ色をしているわけではありません。場面によって感じる、微妙な色の変化とでもいうものでしょうか。  たとえば白系の色をみても、この国にはいくつもの伝統色があります。白、白磁(はくじ)白菫(しろすみれ)月白(げっぱく)など。私の筆名である藍白も、そのうちの一つです>  千秋は、かつて自分が興味本位でGoogleの検索窓に「藍白」と入れてサーチした時の記憶を思い出していた。  藍染めをするとき最初に得られる、限りなく白に近い、ほんのりと藍色の混ざった色。  白い布を、純粋な白でなくすることから「白殺し」とも呼ばれる色のことだった。 <私は、色と同じく、小説の描写にもこうした色々な濃淡のつけ方があるものだと思います。主人公が意中の相手に告白する場面だって、あたたかみや幸福感にあふれた書き方もできれば、ひんやりした、どこか寂しさをおぼえる書き方もできるわけですし。  でも、それは誰にでも書けるものではありません。HowTo本を読んだからすぐに書けるようになるものでもないし、有名な先生に教わったからって、誰でも芥川賞が獲れるわけでもない。そういった書き方は、何度も血のにじむような思いで物語を紡いできた人にしかできない、れっきとした技術です>  その気になれば小説なんて誰にでも書けるんじゃないか、と思うときもあった。誰にでも書けるからこそ自分でも書けるわけで、だとすれば自分が特別なわけでもないし、巧いというわけでもないのではないか……と。  藍白はそれをりっぱな「技術」なのだという。  そうなのだろうか。  ただ生きていただけ……というわけではなく、自分は確実に何かを身につけていたということなのだろうか。だとすれば、いま心臓を動かしている自分の命にも、少しは意味を持たせることができるかもしれなかった。  やがてもう一通、藍白からのメッセージが届く。 <私は、chiakiさんがその技術を既に手にしているものと信じています。今のchiakiさんはまだ、その技術を自分が習得していることに気づいていらっしゃらないだけなのだと。  そしてそのことに気づいたとき、chiakiさんはもっと上に駆け上がっていけるだけのモノをお持ちだと思ったので、今回このような差し出がましいメッセージを送らせていただいた次第です。  重ねてになりますが、私はこれからもchiakiさんの新しい作品を読ませていただきたいと思っています。  たとえchiakiさんがこのメッセージを、そうじゃない……とお思いになったとしてもかまいません。  ただ、私は一ファンとして、どうしてもこの気持ちをお伝えしたかった。そのことだけ知っておいていただければ十分に幸せです。  急がなくても大丈夫です。また、chiakiさんの作品を読ませていただける日を楽しみにしています。  どうかお体には十分気を付けて。 藍白>
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