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3.
「なるほど、
確かに氷の中に埋まっちゃってますねえ」
前かがみの姿勢で眉間にシワを寄せていたギバスはメガネの位置をくいっと直した。
彼は教会の情報管理官。裁判や教会の意思決定にかかわる事実関係を明らかにするのが仕事だ。
ハチの巣を丸焼きにしたデイブ一行は洞窟の奥で驚くべきものを発見してしまった。つららだか鍾乳洞だかで柱だらけの洞窟の奥に氷の壁があり、中に人が埋まっていたのだ。
ハンターズギルドに戻ってことのあらましを報告したデイブは、新人教育に加えてもうひとつ余計な仕事を押し付けられることになってしまった。
「ついてねえなあ。
役人の仕事は時間かかりそうだしなあ」
聞こえないよう小声で愚痴りながら、デイブは情報管理官ギバスを事件の現場に案内するのであった。
「ここです。見つけたときのまんま。なんもいじってません!」
「ふうむ。男性で歳は17、8といったところですかね」
ギバスは持っていたノートをパラパラとめくり、何かを調べ始めた。
「ふーん、過去の記録を見ると…」
ノートはどのページも真っ黒に塗りつぶされているように見えるが、実際には目に見えないくらい小さな文字でびっしりと情報が書き込まれているのだった。当然、そんな文字を書くのも読むのも魔法の助けが必要である。
魔法使いといっても、デイブのように火だの氷だのでモンスターと戦う者もいれば、ギバスのように知力に全振りしてデスクワークで活躍する頭脳労働者もいるのである。
「ここ50年くらいの行方不明者には、この少年に該当するような者はいませんね。
外国からの旅人か、もしくは、」
「もしくは?」
「50年より前にこの国にいた人物か」
「ご、ご、50年前!? そんなに長いことこのままだったっての?」
一刻も早くこのやっかい事を情報官だか何だか知らない神経質そうなおっさんにバトンタッチしたいと思っていたデイブであったが、事件の真相にちょっとだけ興味がわき始めていた。
「デイブさん、あそこにハチの巣があったんですね?」
「あ、はい。
フリーズホーネット。氷のハチです」
「集団で獲物を襲って凍らせるという?」
「はい」
ギバスはノートを閉じ、右手であごを擦りながら、じっと氷の中の少年を見つめていた。
「まあ、本人に聞くのが早いですね」
「ほ、本人?」
魔法の力は死者を蘇らせることもできるが、それはやみくもに行っていいものではなかった。法の判断を仰ぐ必要があるのだ。
死とは神の国へ召されることであり、人がいつそちらの世界へ行くのかは神の意志と無関係ではない。つまり人間が身勝手にその時期を変えることは神の意志に背くことになる。
これが教会の主張であり、法的な制約なのである。
一方、魔の力をもって人がその死期を変えられてしまった場合は、神の意志とは異なる。こういう考え方があり、モンスターに殺された人間を蘇生させることは合法ということになっているのだ。
(なるほど、この役人 なかなかのくわせものだな)
デイブはギバスのメガネの奥にあるたくらみをしっかり見抜いていた。
氷のハチが獲物を氷漬けにしたまま食べずに放っておくワケがないのだ。氷の中の少年の死因が魔物によるとは断定できず、蘇生が合法とは言い切れない。
ギバスがこのことに気づいていないハズはないのだが、彼は蘇生をさせるように話を進めようとしている。要は報告書さえ作れれば、あとは彼の判断でどうとでもなるというワケだ。
「死者蘇生となると、教会の聖職者の助けが必要ですね」
「教会……
あ、ボク知ってます!
この近くの丘に いい教会があるんスよ!」
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