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4.
小高い丘の上に大きな教会が建っている。
数百年の歴史を持つ、その教会の入り口には大きな穴が開いていた。これは先日起きた爆破事件によるものだ。
現在絶賛修復中のその教会に大きな氷の塊が運び込まれた。
「氷漬けの男性ですか?」
教会の修道女サニーは少年が立ったまま氷に閉じ込められてる姿を見て思わず目をふせた。
「こないだの湖の近くに洞窟があって、その奥で発見されたんです」
「かわいそうに…」
サニーは目を閉じたまま顔を左右に振った。
「身元がわからないんだってさ」
掃除魔法のダスクは氷の塊についていたワイヤーを外してカバンにしまいこんだ。
ワイヤーを貸すだけだと思っていたが、結局何もかも手伝わされたのだ。
「やはり、蘇生といっても、まず先に氷をなんとかしないと」
情報管理官ギバスは当たり前といった顔で、デイブに話しかけた。
「了解。ぱぱっとやっちゃいますよ。
ダスクも手伝うか?」
「え? あ、ボクも?」
デイブは右手のナイフに炎の魔力を込めて少年を閉じ込めている氷の塊を慎重に削り取っていった。
一方ダスクは薄く残った氷の皮を火の魔法で温めながらそっと剥がしとっていく。掃除魔法の彼も基本的な魔法は使えるのだ。
修復中の礼拝堂の隅に藁を集め、その上にシーツをかぶせた。
氷の檻から助け出された少年をこの簡易ベッドの上に寝かせ、ようやくサニーの出番である。
サニーは少年の傍らに近づいてひざまずき、祈りをささげる。
デイブも真剣な表情でサニーに近づいたが、目の前に巨大な 尻 が割って入った。
デイブがしかめっ面で見あげると、そこには翼の生えた天使の像が背中を向けて立っていた。
ひょんなことからサニーの守護者となった動く石像は 常にサニーの近くについてまわり、特にデイブがサニーに近づくことに関しては鉄壁のガードを貫いているのだった。
(いつまでついてまわってんだ? この石の塊!)
祈りを終えたサニーが立ち上がり、少年から離れると、天使の像もそれに合わせて後ろに下がり、ついでにデイブの足を踏んでいった。
「では、始めます」
サニーがいつも携えている本には日々のつとめの決まり事などの他に、聖職者が行うまじないについての覚えが書かれている。
死者を蘇らせるためには、決められた踊りを神に捧げ 祈るのだ。
真剣なまなざしで儀式の段取りを頭に入れると、サニーは目を閉じ、天を仰いで右手をまっすぐ掲げた。あたりの空気が凛と張り詰める。
最初はゆっくりとステップを確認するように、そして一連の動きを繰り返していくうちに、サニーの身体を淡い緑のオーラが包み込んでいた。
「ふ、ふつくしい・・・」
目がハートになったデイブは、氷漬けの少年のことなどすっかり忘れてサニーの舞に見とれていた。
サニーを包んでいたオーラは吸い込まれるように横たわる少年へと伸び、その身体にやさしくまとわりついていく。
「ピクっ」
少年の止まっていた時間が動き出した。
デイブとダスクは固唾を飲んで見守っている。
サニーは気づかずトランス状態で踊りに集中したままだ。
「ごふっ、げほっ ごほっ・・・」
呼吸を取り戻した少年は身体をくの字に曲げて、咳き込み続けた。
「戻ってきたんですね、よかった」
踊りをやめたサニーは袖口で涙をぬぐった。
「ここは・・・?」
全員が見守る中、少し咳が収まった青年はキョロキョロと周囲を見回している。
「大丈夫で、、」
サニーが少年に近づこうとしたとき、天使の石像が前に出てそれを遮った。
続いてギバスがサニーたちへ後ろに下がるよう手でうながす。どこの誰ともわからない人物である。危険がないとは言い切れないからだ。
「あなたは氷に閉じ込められていたのですが、
そのことは覚えていますか?」
「・・・・」
少年は目を閉じて眉間にしわを寄せたまま考え込んでしまった。
「まあ、生き返ったばかりです。体調を整えてから思い出せばいいでしょう」
「い、生き返った???」
少年にとっては単に目が覚めただけなのだ。生きる死ぬの話は想定外であった。
「あちらのシスターが蘇生の儀式を行ったのです」
少年があちらの方へ首を回すと、シスターらしき女性の前にジャマな天使像が仁王立ちになっていた。
少年は少しだけ身を起こすと、天使像のすねのあたりに手をそえた。
「スッ…」
天使像はすんなりと身をどかし、少年はサニーに向かって深々と頭を下げた。サニーも笑顔でそれに応えた。
「ちょ…、待てよ。ずいぶんと素直じゃねーか?」
いつもサニーとの間に立ちふさがるジャマな天使像に腹を立てていたデイブは天使像に近づいて力いっぱい押してみたが、やはりビクともしない。
「やめなよ、デイブ」
ダスクがあきれ顔でデイブをたしなめる。
「デイブさんとダスクさんです。
キミを発見して、ここまで連れてきてくれたのが彼らです」
「ありがとうございます」
少年はふたりにおじぎをして、ちらりと上を見上げた。
「こいつか? こいつはゴーレムとかいうジャマな置物だ。覚えなくていいぞ」
「ゴーレム……」
少年はその名前を聞いた後、真剣な顔をしたまま黙ってしまった。
「では、いったんこの少年の身柄は教会の方で保護します。
みなさん、大変ご苦労さまでした」
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