冷たい女

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 男は必至の形相で車を運転していた。その呼吸は荒く、運転席の窓ガラスを曇らせるほどだった。  男の運転する車のトランクルームには、さっきまで愛し合っていた女が眠っている。いや、本当に寝ているのではない。  彼女は、男の用意した睡眠薬を飲まされ、過剰摂取による意識障害を起こし気を失っているのだ。  男は車一台分の駐車スペースに車を停めると、急いで女を抱き抱えて車から離れる。その場所は人里離れた湖の湖畔。昼間見る湖には湖面に生える大きな鉄橋で有名な場所だが、水深は深く、落ちたら間違いなく溺れ死ぬと言われている場所だ。 「お前がいけないんだ・・・。お前が・・・」  男はブツブツと独り言を呟きながら、静かに眠る女の体を抱いて湖畔に降りると、近くに繋いである手漕ぎボートに乗せた。そして、自分も乗って、いざ漕ぎ出そうとしたが、一瞬、迷ってからボートを降り車に戻った。  車に積んであったブルーシートとロープを持ち、近くに重りになる物が無いか探すと、手近にあるお地蔵さんを見つけた。それを足で思い切り蹴る。  石で造られたお地蔵さんの体が後ろに倒れ壊れた。  それを抱えてもう一度湖畔に降りる。  手漕ぎボートに戻ると、ブルーシートで呼吸の浅い彼女の体を巻くと、両手両足の部分をロープで結び、最後に首にロープを巻いて、一気に首を絞めた。お地蔵さんの首にロープを巻き付け、外れないように縛る。  準備を終えると、男は呼吸を鎮める間もなくボートを漕ぎ出し、湖の中央まで漕いで行く。  湖面は静かだった。ボートの櫓が掻く水の音しか辺りには響かない。そして、男の荒い息。  両手が疲れ始めてきた。しかし、男は休む素振りは見せずひたすら漕いで行く。  湖の中央に来ると、男は口癖になっている「お前が悪いんだ、お前が。僕を馬鹿にするから・・・」と叫ぶと、櫓から手を離し、お地蔵さんの体を先に湖に落した。その重みでロープがボートの縁を擦る。そして、彼女の重みでロープが停まると、ボートは片方に偏った状態で停まったので、男は反対に自分の体を寄せた。 「お前が悪いんだ・・・。お前が・・・」  男は何度目かの言葉を口にしてから、彼女の体を湖に落した。  激しい水音が辺りに響く。しかし、それは一瞬の出来事であり、後はボートに当るポチャンという水音しか聞こえなかった。
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