冷たい女

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 掛川健一(かけがわ けんいち)は、仕事帰りに憂さ晴らしをしていた。  内向的な性格の彼は、周りに友達を作る余裕を持ち合わせていない。唯一、友達以上の関係になったのは交際していた皆川朋美(みながわ ともみ)だけだった。しかし、皆川朋美はもうこの世にはいない。  1年前、自分の手で皆川朋美を殺してしまったからだ。  あれから何度も警察や知人が皆川朋美の事を健一に尋ねに来たが、『自分も連絡が取れなくて心配なんです』と答えていた。周囲の人たちはその言葉を信じた。  警察に至っては、健一から出された失踪届けを受理し、捜索を始めたが一向に手がかりが掴めず、捜索は難航していた。  健一は馴染みの居酒屋で一人、好みの甘いカクテルを飲みながら、いつものから揚げとポテトをつまみにしていた。 「ここ、相席良いかしら?」  健一が顔を上げると、そこには見知らぬ顔の女性が立っていた。 「誰?」  健一は睨みつけるような視線で女の顔を見据えた。 「他の席が全て空いて無くて・・・。ここしか無かったんです」  そう話す女の顔は綺麗で、可愛かった。  周りを見回すと、確かにいつもと違い、この日は全ての客席が埋まって満席になっている。こんな日はめずらしい。  健一は目の前の可愛い女性と一緒に酒が飲めるならと、「どうぞ」と言葉を返した。  目の前の可愛い女性が手にしたグラスを置いた。彼女も自分と同じ甘いカクテルを飲んでいるようだった。 「あっ、相席をさせていただき、ありがとうございます。私、森崎といいます」 「あっ、はい。どうも。掛川です」  そう自己紹介すると、健一はカクテルを一気に飲み干して席を立ちあがった。 「あっ。あのぉ、どうかされましたか?」 「いえ・・・。僕は一人で飲みたかったので、これで帰ります。どうぞ、ごゆっくり」  そう言って健一は会計を済ませるとそそくさと店を後にした。  帰り道にコンビニで缶チューハイとおつまみ、肉まんを買い込むと温かい肉まんを食べながら自宅マンションに帰った。  マンションに帰ると、部屋の暖房を点けて買ってきた肉まんを食べながらコートを脱ぐ。そして、コタツに足を入れて缶チューハイを開けようとした時、玄関の呼び鈴が鳴った。  健一は首を傾げると玄関に行き「はい、どなた?」と外に向かって声を掛けた。 「あのぉ・・・、森崎です」  その声は女性の声だった。 『森崎・・・?』  健一は改めて首を傾げながら、玄関の扉を開けた。すると、そこに立っていたのは先ほど、居酒屋で相席を希望してきた可愛い女性だった。 「何か?」 「さっきは機嫌悪くされたようなので、お詫びにこれを・・・」  そう話しながら彼女は健一にコンビニの袋に入った缶チューハイやおつまみを差し出した。 「もしよければ、部屋に入れてもらってもいいですか?一緒に、飲みませんか?」  彼女からの思いがけない言葉に、一瞬、健一は良からぬことを頭に浮かんだが、健気な表情に魅力的な瞳に引かれ、「どうぞ」と森崎を部屋に通した。  部屋に通された森崎は、健一が見る限り髪の長い色白で目が美しい女性だった。スタイルも良く、どこか朋美の雰囲気に似ている感じがした。 「これ・・・、彼女さんですか?」 「えっ?」  健一が言葉に詰まった様子を見せながら、差し出された写真立てに視線を向けると、片付けたはずの朋美との写真を森崎は手にしていた。 「どっ、どこでそれを・・・」 「素敵な方ですね・・・、羨ましいな・・・」  健一は森崎の手から写真立てを奪うと、「彼女とは別れた。君に関係無いだろう」と怒鳴った。 「関係・・・、無いんですか?あなたが愛した人じゃないですか・・・?」 「なんだと・・・?」  健一は睨みつけるように森崎を見つめる。その森崎は首を垂れて表情が見えない。 「お前・・・、朋美の知り合いか?」 『違うわ・・・。私の声・・・、も、忘れたの・・・』  その声に聞き覚えがある。その声はかつて、自分が手にかけ殺した、それまで愛し合っていた皆川朋美の声だった。 「朋美・・・?嘘だ・・・」 『何が・・・、嘘なの・・・?私が・・・、死んだから?あなたが・・・、殺したから・・・?』  健一は額に汗を浮かべつつ、顔を激しく左右に振ってこの現実を否定しようとしている。 『私ね・・・、まだあの冷たい湖の底で静かに待っているの・・・。あなたが来てくれる事を・・・』 「よせ・・・、来るな・・・」 『私はあなたを好きになった女よ・・・。あなたが拒む理由は・・・、無いでしょう・・・』  その蒼白い顔の表情に浮かぶ冷たい視線。そして、朋美が伸ばす手から異様に冷える冷気しか感じられなかった。 「よせ・・・」  そう呟く健一の首に、朋美の冷たい手が巻き付く。そして、『冷たい・・・』と感じた瞬間、健一の首はあり得ない音を出して横に向いた。健一の体は朋美の手が離れると同時に、その場に崩れ落ちた。
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