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河原聖と夏川奈々子の二人は、都心で有名な脱出ゲームを体験しに向かった。
デートとしても人気があるこのアトラクションに着くと、案内してくれる女性が、「お二人はとてもお似合いなカップルですね」と褒めてくれた。
聖と奈々子はその言葉に気分が上がり、「ありがとうございます。私達、熱々なんです」と奈々子が嬉しそうに答えた。
「そう見えます」
女性スタッフはそう答えた。その言葉を聞いた聖は、『何だか、今の一言は冷たいな・・・』と感じたが、その思いを口にすることは無かった。
二人が最初に案内されたのは脱出ゲームの一番になる《メイズトライアル》という、迷路脱出ゲームのアトラクションだった。
「それでは、ルールを説明します。案内係の皆川です。宜しくお願いします。ルールは簡単。制限時間内に迷路を抜けて脱出してください。制限時間は10分です。時間内に脱出出来なければゲーム終了。迷路内は真っ暗ですので足元に気を付けてください。制限時間内に脱出出来なかった場合、明かりを点けて私の方で出口まで誘導させていただきます。宜しいですか?」
二人は和気あいあいとした表情で「はい、大丈夫です」と答えた。
「それでは、スタート!」
その声で二人は黒いカーテンを通って、明かりが消された真っ暗な迷路に入った。
「キャー。聖、手を離さないで・・・」
「ほら、手を出せよ。握ってやるから」
聖が暗闇の中、動いた気配から手を伸ばすと冷たい手があった。
「何だか、やけに冷たいな・・・、お前の手・・・」
聖がギュッと握ると、暗闇の中から『こうやってずっと・・・、握っていて欲しかった・・・』と声が返ってきた。
「はぁ?何を馬鹿な事を言ってんだ・・・なな・・・?」
『あの女が・・・、そんなに良いの・・・?私より・・・』
暗闇の中にポッと浮かんだ顔を聖は見つめる。髪の長いその顔は、忘れもしない森崎カナの顔だった。
「カナ!なんで・・・?」
『捨てた女の顔を忘れていないのね・・・。あなたを迎えに来たの・・・』
「なっ、何を言っているんだ・・・、お前・・・」
『今、私がどこに・・・、いるか・・・、知らないでしょう・・・』
「何だ・・・?」
聖は顔から血の気が引いていくのが自分でもわかった。手足も冷えていく。
『私達二人の・・・、思い出の場所・・・。覚えている・・・?』
「なにっ・・・?」
真っ暗な闇だった迷路が突然、茜色に染まる。
そこはかつて、カナと二人でデートした場所の湖だった。そして、聖は湖面に浮かぶボートの上に立っている。
「何で・・・?ここに?」
『あの時、ずっと一緒にいようって約束したのに・・・。忘れたのね・・・』
聖の後ろから声が聞こえた。聖はおぼつかない足取りでボートが激しく左右に揺れ中後ろを振り向く。そこには森崎カナが立っていた。
「カナ・・・?これは・・・、夢・・・?」
『違う・・・、夢じゃない。今、私がいるところに・・・、案内してあげる・・・・』
聖の前に立つカナの顔は蒼白く、その瞳は冷たい。ゆっくりと近づくカナに聖は恐怖を感じ、「来るな!近づくな!」と叫んだ。
カナが聖に近づくと、両手を聖の背中に回した。
『温かい・・・』
「ヒッ・・・」
聖は反対に、その冷たく冷えたカナの体に抱き着かれた事で、自分の魂が冷えていく感じを感じた。
「はっ、離れろ・・・」
『いやよ・・・。さぁ・・・、行きましょう。私のいるところへ・・・』
「なんだと・・・」
聖は左右に揺れるボートの上から想像した瞬間、周りの湖が脳裏を横切る。
「まっ・・・、まさか・・・」
『私たちの・・・、新しい愛の住処・・・。暗く冷たい場所だけど・・・、誰にも邪魔はされないわ・・・』
カナは聖の体に腕を回したまま、湖に向かって倒れ込んだ。その体は石のように固く重い。
聖はカナと共に、湖の底へと堕ちて行った。
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