冷たい女

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 奈々子は迷路の途中から聖と離れてしまった。  それまでしっかりと繋いでいた筈の手が、聖から離してきたのだ。 「聖!ちょっと、やめて。私を怖がらそうとしているでしょう・・・」  奈々子は溜まらず携帯のLEDライトを点けた。  それでわかるのは真っ黒に塗られた黒い壁と、その先に出来る影ばかりだ。 「ちょっと、聖・・・」  奈々子はLEDライトを照らしながら真っすぐ先へ進む。すると、手にした携帯が激しくバイブする。  奈々子は視線を携帯の画面に向けると、送信相手の名前は《森崎カナ》と表示されていた。 『カナ・・・?なんで、今頃・・・』  奈々子は首を前から後ろに振って髪を後ろにまとめると、携帯の着信ボタンを押して電話に出た。 「はい。なに?何か用事?」 『冷たいのね・・・、人の彼氏を取ると・・・、そうなるんだ・・・』  その声はっ電話からじゃなく、奈々子の後ろから聞こえて来た。  奈々子が驚いて後ろを振り向くと、血の気の無い森崎カナがそこに立っていた。 「カナ・・・、何でここに?」 『あなたを・・・、迎えに来たの・・・』  そういうカナの体は水に濡れているようだった。足元に垂れる水は、カナが着ている服から垂れる滴で、周りには水たまりが出来ている。 「いつから・・・、そこにいたの・・・」 『ずっと・・・、いたよ・・・。だって、親友でしょう・・・。なんでも・・・、相談にのってくれたじゃない・・・』 「だから、なに?アンタの彼氏を取った私が許せないっていうの?」 『ううん・・・。許してあげる・・・。わたし・・・、あなた以外に・・・、別の親友が出来た・・・、から・・・』 「だったら・・・、その人の所へ行きなさいよ!気味悪いな・・・」 『行くよ・・・。でも、その前に・・・、あなたにお礼させて・・・』 「なに・・・、お礼って・・・」  そう口にした瞬間、奈々子の周りが暗闇から一気に夕焼けに染まる森と目の前に広がる湖の湖畔に変わった。 「・・・?」  奈々子は現実離れした現象に驚いていると、後ろからカナの声がした。 『見て・・・。ほら、彼が大変な事になっているわ・・・』  蒼白いカナの手が指さす方向へ奈々子が視線を向けると、湖の中央に浮かぶ一艘のボートの上に立つ、聖の姿があった。 「あっ!聖!」  そう叫んだ奈々子の目の前で、聖の体は左右に激しく揺れる。そして、次の瞬間、激しい水しぶきと共に聖の体は湖へと落ちた。 「聖!キャー」  悲鳴を挙げる奈々子。両手で顔を覆い隠すと、ゆっくりと現実を見ようと目から両手を下ろしていく。その瞳は大きく開き、今見た現実が嘘であることを祈っていた。  しかし、湖に浮かぶボートは左右に揺れているが、そこに人影は無かった。 「聖・・・、助けて。早く、聖を助けて」  そう叫びながらカナの両腕をしっかりと握る奈々子に、カナは『じゃあ、助けに行きましょう・・・。一緒に・・・』と答えた。  奈々子は一瞬、安心した表情を見せたがすぐに、カナの両腕から伝わって来る冷たい感覚と、その冷ややかな瞳に恐怖を感じた。  突然、カナの手が奈々子の手首を握る。その体温は冷たい。まるで、氷を当てられているようだった。 「離して!」  そう叫ぶ奈々子は、カナの手を振り払おうとするが、ビクともしなかった。 『助け・・・、行くんでしょう・・・』  そう囁きながらカナはゆっくりと湖の中へ入って行く。 「イヤ・・・。私はイヤ」  激しく腕を払おうと、首も左右に振って渾身の力を入れるが、氷の塊のようなカナの手は離れなかった。 『おいで・・・。僕がいるから・・・、安心だろう・・・』  湖の湖面に、スッと人影が立ちあがる。それは、湖の中へ落ちた聖の姿だった。 「聖・・・?大丈夫なの・・・?」  湖から出て来る聖が、手を差し延ばしてきた。  奈々子はカナに捕まれている反対の手で聖の手を握った。 「ヒエッ!」  思わず、握り返してきた聖の手から手を離した。  聖のその手は冷たく、カナと同じく氷のよう感じだった。 『なんで・・・、手を離すんだ・・・。僕の事・・・、君は好きだと・・・、言ってくれただろう・・・』 「おかしい・・・。おかしいよ・・・、あなた達・・・」    そう叫ぶ奈々子だったが、聖に握られた手は、カナと同じく氷の塊のように固く、冷たく、そして二度と離れる事は無かった。  体を左右に激しく振って抵抗する奈々子の体を、いとも簡単に二人は湖の中へと連れて行く。  冷たい湖水が足から、足首、膝、そして体へと上がって来る。奈々子は最後まで叫び声を挙げ続けたが、首まで来た湖水が口の中に入った瞬間、それまで大きい叫び声が途端に静かになった。  まるで、風の無い湖面の波のように・・・。
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