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アパートの一室。窓際に立つ男とベッドで眠っている男がいた。何もすることが無く腹が減ったら飯を食う、そんな日々が続いていた。
窓際に立つ男はただ呆然と物思いにふける。コイツとの縁はいつ頃だろうか。ベッドで眠る男をちらりと見た。
そんな昔からではない、大学からだ。コイツは友達が少なかった。常に一人で、実力主義者で、気遣いがなく、自己中心的。悪い奴では無いが協調性は皆無だった。
周りからは冷たい奴だ、人でなしだ。そんな風に言われていた。実際にそんな奴だった。だがそんな事を言われても特に気にしない奴だった。
無神経さは現在進行形で、彼が我が物顔で眠っているベッドは私の物だ。私は数日間、あのベッドを使用できずにいるのだ。
そんな彼となぜ一緒に生活を始めたのだろうか、私は少し外を見ながら思い出していた。
雲一つない空では真っ赤な夕日が沈もうとしていた。目の前をうっとうしく飛んでいた蝿が窓の外へと飛び去っていった。
大学に在学中、私から声をかけたんだと思う。たしかテストについて聞いたんだ。彼は冷たい目で私をみて『こんなの勉強しなくても分かるだろ』と吐き捨てて言った。とても腹が立ったことは覚えている。
その後しばらく、二年ほど経った頃。今度は彼から声をかけてきた。『まだ勉強は苦手か?教えてやるから部屋を貸してくれ』と。
その時から私はここに住んでいた。彼の事情は詳しく聞かなかったが、住所を移して書類などの手続きを自身のみで行えるようにしたかったらしい。
大学時代で終わると思っていたがここからが長い付き合いになった。
私は卒業後すんなりと就職を決めた。彼は私より良い会社に就職したが、半年も経たない内に辞めていた。彼はその後、職を転々と変えていた。その間も就職時に住所が必要だからと私の家に居たのだ。
最後に彼が就職したのは医療系の仕事だった。彼は必要な医学・薬学をあっと言う間に身に付け。その会社には長くいた。会社で寝泊まりすることも多くなり、私にとっては快適な日々がしばらく続いた。
ちょうどその頃だ、一つの事件が起こる。ある日の夜間、この住宅街周辺で女性の悲鳴が響きわたったのだ。
慌てて助けにいこうとする私に対し、なぜ助ける必要があるのかと疑問に思う彼。彼は『気になるなら警察にでも通報すればいい』とだけ言い放ち、退屈そうに医学書のページをめくった。
私はそんな彼に苛立ちながらも外へ飛び出した。住宅街をしばらく走り回ると、路上で組み伏せられている人影を見つけた。
私は慌てて二人の間に割って入る、相手は二人とも女性だった。
無理矢理二人を引き剥がそうとすると、一人の女性が私の腕に噛みついた。
痛みのあまり振り払うとその女性は近くの車に強く体をぶつけ、そのままよろよろと歩き去っていった。
残った女性に声をかけようとしたが、女性は衣服を剥がれており。恥ずかしそうにお礼だけ交わすと闇夜の中に走り去ってしまった。
家に帰り、彼にこの事を話すと鼻で笑われた。その時のいやみたらしい笑みは未だに覚えている。
ただ珍しいことに、彼はその後に言葉を続けた。
「傷がひどくなったら言えよ、化膿止めぐらいなら職場から持ってきてやる。」
彼なりの気遣いだったんだろう。しかし聞きなれない言葉に私はただ漠然と返答し、次の日にはそんなことを言われたことすら忘れてしまっていた。
外の日はすでに7割ほど沈んでいた。
それからどうしたんだっけな。思い返そうとするがなかなか思い出せない。頭を使ったからか空腹を感じた。
彼に声をかけようかと思ったが止めておいた。どうせ起こした所で『誰が起こしても良いと言ったんだ?』とか『僕が空腹だと言ったのか?』とか嫌みっぽく言われるに決まっている。
せっかく思い出したんだ、彼が起きたら感謝を伝えよう。あの時は心配してくれてありがとう、と。
そんな事を考えながら、外に出ようとした。
単なる調査。最初はそう言われていた。
しかしそれはいつしか引き返せないものとなり、部隊・あるいは組織全体の存続にも直結してくる事態となっていた。
ここはほかの地域と比べると比較的落ち着いている方であった。しかしそういう気の緩みが危険を招く。
通路を歩いていたとき、通り過ぎようとした場所に開いた扉があることを見逃していた。
男はそこから急に襲いかかってきた。
「キャア!」
女は思わず悲鳴を上げる。慌てて銃を撃つも弾は目標には当たらず壁に穴を開けただけだった。
男はすさまじい力で女の二の腕につかみかかる。男の手は冷たくヌメり気があり、女はおぞましい感覚に襲われる。
男を振り払おうとしながらも、腰に付けていたコンバットナイフを抜き、男の首に突き刺して部屋の中へと蹴り飛ばした。
倒れた男に向かって。今度は冷静にねらいを定めて二発ほど頭に銃弾を撃ち込む。
『かわいい悲鳴が聞こえたけれど大丈夫か、お嬢ちゃん?』
無線から声が流れる。女は倒れた男に銃を向けたまま無線に答える。
「ちょっと油断しただけ、大丈夫。それとお嬢ちゃんは止めてちょうだい。」
冗談混じりの会話しながらも女は冷静に男を見つめる。完全に動かなくなったことを確認すると男の首からコンバットナイフを抜き取り、男の服で血を拭ってナイフをしまう。
『状況は?』
「ここが最後。男の死体が二つ。一つは私が、もう一つはベッドで寝ている。喰い散らかされてる様子で動かないみたい。」
『了解。とりあえず日も落ちそうだから早く帰還してきてくれ。また明日の早朝から続きといこう。』
「了解。」
女は無線を切り、ため息混じりで外に出る。
「まさかこんな郊外にもゾンビ被害があるなんて。いったいどこまで広がってるの・・・」
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