冷たいあの人

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 まさかウチの子にあんな不幸が降り掛かってくるなんて、思ってもみなかった。  アクセルとブレーキを踏み間違えた車は、コンビニから出てきた二人を襲った。免許を返納して当然の高齢者が運転する車だった。  店舗の壁に挟まれた二人は、打ちどころが悪く、そのまま病院に運ばれ、由紀子は意識不明の重体。そして夫である正孝は、そのまま息を引き取った。  正孝に深い愛情を抱いていた由紀子。意識が戻ったときに、愛する夫がこの世からいなくなっていることを告げられ、それでも前を向いて生きていけるほど、娘は強い人間じゃない。娘の弱さを誰よりも知る彼女だからこそ、手を差し伸べなければと思った。  ただ、彼女は娘を救うための手段を知っていた。高度な技術で亡き人を再現すればいい。そして、正孝を模したネオヒューマノイドを発注。意識が戻り退院した由紀子は、なんの違和感もなく、正孝との生活を再開した。  娘を(だま)しているのだろうか?  そんな罪悪感もあったが、余計な真実など知らなくてもいい。人は何も知らず幸せに生きていられれば、それでいいんだ。 「最近の彼、調子が戻ったみたいなの」  それから数日が経ち、再び由紀子から電話があった。 「あら? よかったじゃないの」 「わたしの勘違いだったのかな?」 「あなたも疲れてたんじゃない? 記憶がないとか、おかしなこと言ってたし」 「ほんとなのよ。いくら思い出そうとしても何ひとつ思い出せない。記憶に空白ができちゃったみたいで。ねぇ、ここ数か月のわたし、どんな感じだった?」 「――どんな感じ? 特に変わらなかったけど」 「だよねぇ……まぁいいか。正孝も元通りになったことだし!」  娘の幸せを願うことが母としての務め。安心した娘の様子を電話越しに感じ、彼女は胸を撫で下ろした。
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