カミモノガタリ

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 夏休みが終わって、冬が来て、年を越して、春になって。学年が変わるまで、颯太くんはわたしの隣の席だった。  颯太くんは席替えがある度に、わたしの隣りを当てた人とクジを交換していたのだ。  でもクラス替えは流石にそうはいかず、五年生は颯太くんとは違うクラスになってしまった。    寂しい一年だったけど、颯太くんは登下校をわたしと一緒にしてくれた。  授業中は離ればなれだったけど、朝と夕方は一緒に居られるのが嬉しかった。  そして六年生。  わたしはまた颯太くんと同じクラスになれた。  颯太くんは四年生の夏祭り以来、髪を切らずにずっと伸ばしていた。  小柄な体格とその容姿で颯太くんはよく女の子と間違われていた。  颯太くんはまた席替えの度にわたしの隣りに座った。  クラスメイトはわたしと颯太くんがデキているとか、ハゲロン(ハゲとロン毛)カップルだとか言って揶揄っていたけど、そんな雑音は気にはならなかった。 「だいぶ髪が伸びたね」 「うん。ワカメを沢山食べてるから黒々の艶々だよ。天使の輪っかだってできちゃう」  颯太くんは頭を揺らして髪にできる蛍光灯反射を見せてきた。そして、長い髪を胸元に持ってきて撫でた。 「年末には目標達成できそうだから、もう少し待っててね」 「うん」  あの夏祭りの日。  颯太くんはわたしに自分の髪の毛をあげると言った。 「僕は君のために髪を伸ばすよ。そして、君にあげる。あの藤の浴衣の人みたいになるまで伸ばす。今日、いまこの瞬間から僕の髪は君の髪だ。君の髪は僕が育てるよ。だからもう泣かないで」    花火の後、颯太くんは颯太くんのお父さんと、わたしのお父さんにわたしのためにヘアドネーションをしたいと言った。  ヘアドネーションとは、わたしみたいに髪を失った人に、自分の髪を伸ばして寄付することだ。    颯太くんのお父さんは颯太くんの話を険しい顔で聞いていた。  わたしのお父さんは「憐みならいらん!」とその場は怒って帰ってしまったけれど、度重なる颯太くんの真剣な説得に最終的には折れてしまった。  後日お母さんから聞いたのだけれど、お父さんと颯太くんのお父さんはお祭りの日の後から何度も会っていたらしい。  颯太くんのお父さんは、颯太くんのわたしに対する気持ちは本物だと判断して、ヘアドネーションの件をお父さんにお願いしに来ていた。  そして最終的には、わたしのお父さんが颯太くんの熱意を認めたら。ということになったそうだ。      颯太くんは何度も家に来て、お父さんを説得した。  怒鳴られても、門前払いになっても、颯太くんは諦めなかった。  そして夏の終わりに、とうとうお父さんは折れた。  それから約2年半もの間、颯太くんは周囲から好奇の目で見られながらも髪の毛を伸ばし続けて、それを大切にしてきた。  クリスマスが終わって、新年を迎えて、3学期が始まる少し前に颯太くんは髪の毛を切った。  バッサリと髪を切った颯太くんに周囲の人達は色々と訊いてきたけど、颯太くんはそれには一切答えなかった。          
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