カミモノガタリ

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 わたしの頭には髪の毛が無い。  病気で失ってしまったのだ。  わたしの髪の毛はお母さん譲りの綺麗な黒髪だったらしい。  太陽の下に出るとほんのりと青みを帯びてとても美しかったそうだ。  病気を患ったとき、わたしはまだ小さかった。だから自分がどんな病気なのかもわからなかったし、誰も教えてくれなかった。  両親の話しでは、わたしがこうやって生きていることは奇跡的なことなのだそうだ。  そんな話しを聞く度に、神様はわたしを生かす代価として髪の毛を奪ったのだと思った。  きっと神様はわたしの髪の毛があまりにも綺麗なものだから欲しくなったんだなって思った。  わたしは髪の毛の無い頭をニットの帽子で隠していた。  保育園の頃は自分に髪の毛が無いことをそんなに気にしていなかったし、恥ずかしいとも思わなかった。  友達も先生達もわたしに髪の毛が無いことなんて全然気にせずに普通に接していてくれたからだ。  いまなら病気でこんな風になってしまったわたしに気遣ってくれて、わたしが嫌な思いをせずに生活できるような環境を保育園のみんなが作っていてくれたのだとわかる。  でも小学校は保育園とは違っていた。  小学校には学区内にある色々な保育園や幼稚園から子供や保護者が集まってくる。  その人達はわたしに髪の毛が無い事情なんて知らない。  だからずけずけとわたしの頭に対してものを言ってきた。  「どうして髪がないの?」なんて質問はしょっちゅうだった。  男の子なんかはわたしを「ハゲ」と揶揄(からか)ったし、保護者の中には自分の子に「あの子と遊ぶとハゲが感染(うつ)る」と吹き込んでいる人もいた。  わたしが一番傷ついたのは、三年生の時の担任の先生がしたことだった。  その日、わたしは登校途中で給食袋を忘れたのに気がついて、それを取りに帰った。そのせいで学校に遅刻してしまった。  朝の会が始まっているなか、おそるおそる教室に入ると、先生は理由も聞かずに遅刻したこと咎めた。  前の晩にちゃんと給食袋をランドセルにくくりつけておけば忘れることはなかったと思う。  お母さんにも「給食の用意はできてる?」と注意されたのに適当な返事をして確認しなかった。  わたしが悪かったことは確かだから、素直に「ごめんなさい」と謝った。「もう遅刻しません」と反省した。  それでも先生は許してくれなくて、わたしに帽子を取ってみんなに頭を下げろと言った。謝れと言った。  わたしにとって帽子を取ることは、大勢の前でスカートを捲し上げるくらい恥ずかしいことだった。  帽子を取ることを躊躇していると、「はやくしなさい!」と怒鳴られて、怖くて、悲しくて。震えながら帽子を脱いだ。  わたしはクラスのみんなの前に髪の毛の無い頭を晒した。  みんなの視線がわたしの頭に集まるのがわかった。とても恥ずかしかった。  入学してから学校で帽子を脱いだことなんてなかったから、同級生の誰にも頭を見せたことなんてなかった。  どこからか「つるっパゲだ」という声が聞こえた。  わたしは手にした帽子をギュッと握って、俯いたまま唇をかんだ。目から涙が溢れた。  先生はそんな事なんか気にもとめず、「席に着きなさい」と言った。  その声はとても冷たくて、とても痛かった。        
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