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三つ編みを解くとき
「昨日、ミカちゃん、三つ編みアヤコにあっちゃったんだって」
「えー、うそぉ」
「本当なんだって。演劇部のリハーサルでね、舞台袖に立っていた時に」
ガラリと教室の扉が開いた。
「きゃー!」
「こら、いつまで居残ってるの。早く帰りなさい」
「もう、先生。驚かさないでくださいよぉ」
「ええ? べつに普通にドア開けただけじゃない。聞かれたら困る話でもしてたの?」
「えー……。困りはしないけどぉ」
教師は楽し気に近づいてきて、二人の側の席に座った。
「どれどれ。聞かせてごらん」
「先生、三つ編みアヤコって知ってる?」
「は? なにそれ」
「都市伝説、っていうか怪談? わかんないけど。出会ったら大変なことになるんですよ」
教師の瞳がギラリと光る。
「怪談なんだ。大好物、詳しく話して」
「えっとぉ。学校内で、暗い場所に一人でいると『ねえ』って話しかけられるんですよ。それで、返事をしちゃうと、引っ張られるんです」
「引っ張るって、どこに?」
「いや、どこかに引っ張られるんじゃなくて、三つ編みを」
「あー。それで最近、校則違反者が増えてるのか。長い髪をサラサラなびかせてる子が何人もいるもんね」
「そうなんですよ。でもね、昨日、演劇部のミカちゃんがお芝居で仕方なく三つ編みにしたら、出たんだって。そうしたら三つ編みを引っ張られて、首を骨折しちゃったって」
「へー、私もやってみようかな」
生徒が呆れたような声を出す。
「先生、ショートカットじゃないですか。どうやって三つ編みにするんですか」
「ねえ、私の名前、知ってる?」
「知ってますよぉ。担任だもん。桑田先生」
「下の名前よ」
桑田はにっこりと笑った。だがその笑顔はどこか薄ら寒い。
「……知りません」
「アヤコって言うの」
桑田はゆっくりと立ち上がると、長い髪を結ばず垂らしている生徒の背後に回る。
「ねえ、校則違反よね、この髪。私が三つ編みにしてあげる」
二人の生徒はなにも言えず、俯いた。桑田が長い髪を、ゆっくりと三つ編みに編んでいく。
長い髪の生徒はぶるぶると震えだした。
「先生、やめて、やめてください」
桑田は無言で編み続ける。もう一人の生徒は肩までの髪を押さえて、恐ろし気に桑田を見上げる。
「はい、出来た」
生徒の両肩をぽんと叩くと、肩が大きくびくりと跳ねた。
「さあ、電気を消すよ。暗いところで、待ってみようか」
桑田が立ち上がる。三つ編みの生徒が泣き出した。
「ごめんなさい、ごめんなさい、先生。校則守るから。髪切るから」
「そんなこと、どうでもいいよ。三つ編みアヤコが見たいだけだから」
躊躇うことなく、桑田は電気を消した。
冷たい雨が降る黄昏時。教室内は暗い。桑田の表情が見えない。
「さあ、どうかな」
楽し気に言いながら、桑田が二人の側に戻ってくる。
「現れるかな、三つ編みアヤコは」
生徒たちは泣き出した。
「くっ、ははははは! 冗談よ。ねえ」
桑田はスタスタとドアに近寄り、出て行こうとする。
「先生、電気つけて!」
「もう帰るんでしょう。すぐにまた電気を消すんだから、このままでいいでしょう。ねえ」
「三つ編みが、三つ編みアヤコに引っ張られてるんです!」
「きゃああああ!」
ボブカットの生徒が叫び、桑田のところに駆け寄っていく。
「やだ! 置いてかないで!」
三つ編みの少女の首が、だんだんと後ろに傾いていく。
「三園さん、早く帰りなさいよ」
そう言って、桑田は楽しそうにドアを閉めた。
「ばいばい、三つ編みアヤコによろしくね」
ドアが閉められた教室の中、なにかが折れたようなボキリという音がした。
「ほら、三枝さん。あなたも早く帰りなさい。それとも、あなたも」
桑田がそっと生徒の髪を撫でる。
「三つ編みにしてあげようか? ねえ」
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