三つ編みを解くとき

1/1
0人が本棚に入れています
本棚に追加
/1ページ

三つ編みを解くとき

「昨日、ミカちゃん、三つ編みアヤコにあっちゃったんだって」 「えー、うそぉ」 「本当なんだって。演劇部のリハーサルでね、舞台袖に立っていた時に」  ガラリと教室の扉が開いた。 「きゃー!」 「こら、いつまで居残ってるの。早く帰りなさい」 「もう、先生。驚かさないでくださいよぉ」 「ええ? べつに普通にドア開けただけじゃない。聞かれたら困る話でもしてたの?」 「えー……。困りはしないけどぉ」  教師は楽し気に近づいてきて、二人の側の席に座った。 「どれどれ。聞かせてごらん」 「先生、三つ編みアヤコって知ってる?」 「は? なにそれ」 「都市伝説、っていうか怪談? わかんないけど。出会ったら大変なことになるんですよ」  教師の瞳がギラリと光る。 「怪談なんだ。大好物、詳しく話して」 「えっとぉ。学校内で、暗い場所に一人でいると『ねえ』って話しかけられるんですよ。それで、返事をしちゃうと、引っ張られるんです」 「引っ張るって、どこに?」 「いや、どこかに引っ張られるんじゃなくて、三つ編みを」 「あー。それで最近、校則違反者が増えてるのか。長い髪をサラサラなびかせてる子が何人もいるもんね」 「そうなんですよ。でもね、昨日、演劇部のミカちゃんがお芝居で仕方なく三つ編みにしたら、出たんだって。そうしたら三つ編みを引っ張られて、首を骨折しちゃったって」 「へー、私もやってみようかな」  生徒が呆れたような声を出す。 「先生、ショートカットじゃないですか。どうやって三つ編みにするんですか」 「ねえ、私の名前、知ってる?」 「知ってますよぉ。担任だもん。桑田先生」 「下の名前よ」 桑田はにっこりと笑った。だがその笑顔はどこか薄ら寒い。 「……知りません」 「アヤコって言うの」  桑田はゆっくりと立ち上がると、長い髪を結ばず垂らしている生徒の背後に回る。 「ねえ、校則違反よね、この髪。私が三つ編みにしてあげる」  二人の生徒はなにも言えず、俯いた。桑田が長い髪を、ゆっくりと三つ編みに編んでいく。  長い髪の生徒はぶるぶると震えだした。 「先生、やめて、やめてください」  桑田は無言で編み続ける。もう一人の生徒は肩までの髪を押さえて、恐ろし気に桑田を見上げる。 「はい、出来た」  生徒の両肩をぽんと叩くと、肩が大きくびくりと跳ねた。 「さあ、電気を消すよ。暗いところで、待ってみようか」  桑田が立ち上がる。三つ編みの生徒が泣き出した。 「ごめんなさい、ごめんなさい、先生。校則守るから。髪切るから」 「そんなこと、どうでもいいよ。三つ編みアヤコが見たいだけだから」  躊躇うことなく、桑田は電気を消した。  冷たい雨が降る黄昏時。教室内は暗い。桑田の表情が見えない。 「さあ、どうかな」  楽し気に言いながら、桑田が二人の側に戻ってくる。 「現れるかな、三つ編みアヤコは」  生徒たちは泣き出した。 「くっ、ははははは! 冗談よ。ねえ」  桑田はスタスタとドアに近寄り、出て行こうとする。 「先生、電気つけて!」 「もう帰るんでしょう。すぐにまた電気を消すんだから、このままでいいでしょう。ねえ」 「三つ編みが、三つ編みアヤコに引っ張られてるんです!」 「きゃああああ!」  ボブカットの生徒が叫び、桑田のところに駆け寄っていく。 「やだ! 置いてかないで!」  三つ編みの少女の首が、だんだんと後ろに傾いていく。 「三園さん、早く帰りなさいよ」  そう言って、桑田は楽しそうにドアを閉めた。 「ばいばい、三つ編みアヤコによろしくね」  ドアが閉められた教室の中、なにかが折れたようなボキリという音がした。 「ほら、三枝さん。あなたも早く帰りなさい。それとも、あなたも」  桑田がそっと生徒の髪を撫でる。 「三つ編みにしてあげようか? ねえ」
/1ページ

最初のコメントを投稿しよう!