ネームレス・ウエディング

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 突然だが、私には密かに趣味にしていることがある。  生まれてこのかたクラスで名字が被ること三回、名前が被ること五回。  特別印象に残るような名前もしていなければ、特別褒められることも貶されることもない平凡な顔つき。就職にはやや弱い大学に通って、ちょっとお洒落するためだけにコンビニでバイトを始めた恐らくごく一般的な学生であるこんな私の、唯一の趣味。  そう、それは人間観察だ。  週に三回、学校が終わってから入れているバイト先のコンビニは最寄駅から約五分。まあ山中にある大学の最寄り駅なので人が特別大勢来るわけではないが、昼はちょっと忙しくなるようなこのコンビニには、それはもう様々な人が日々やってくる。  一人暮らしだろうカップ麺を毎回大量に買っていく髪のややぼさっとした学生のお兄さん。毎日昼飯にコンビニ弁当を買いにやってくる作業員姿の二人組。いつもやんちゃなお子さんに駄々をこねられてアイスを買ってあげるお母さん。  たまに理不尽なクレームを入れられて怒鳴られた時は心が荒むけど、ありがたいことに職場の同僚にも恵まれているこのバイト先で、私はいつだって日々元気にそんな人たちを観察することに励んでいるのだった。  ちゃんとバイトに励めよ、私。  ところで、私が人間観察をする上で大切にしているってことが実は二つある。  その一つは、観察をしている人間に決して気が付かれないようにするってこと。  だって普通、見知らぬ人に観察されてたら誰だって嫌だろう。私が言うのもなんなのだが、私なら絶対嫌だと思う。  でも逆に言えば、見てるってことに気が付かれなければ観察対象も不快にならないし、私の方も心置きなく観察できる。それさえ守れば実にクリーンな関係なんだ。もっとも、観察されている側にメリットは一つもないが。  だから私は普段人を凝視するなんてことは絶対にしない。じっと見るなんて、そりゃあ、論外だ。  しかし、そんな私のちっぽけな信条が、その日ばかりは残念ながら果たせなかった。  というのも、その日扉が開く時の甲高い電子音を響かせながら入ってきた女性は、シミ一つない真っ白なウエディングドレスを着ていたからだ。
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