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思わずちょっと目を疑った。
多分私だけじゃない。その日同じ様にシフトに入っていたバイトの後輩君も、奥の方で唐揚げを揚げていた店長も、たまたま店で商品を選んでいたお客さんも。皆彼女の方を見て暫く動きを止めていた。
入り口で立ち止まって肩で息をする彼女に反応して自動ドアが何度も開閉する。その度に鳴る電子音に頼むから今は空気を読んでくれと混乱した頭で念じながら、彼女の荒い呼吸を聞いていた。
うつむいた彼女の肩が上下する度に、その普通の住宅街にはおおよそ似つかわしくない純白のフリルの裾が揺れて、ヘッドドレスがずり落ちていく。
誰かが我に返るより、彼女が勢いよく顔を上げる方が先だった。
彼女の顔を見て、何よりも先に、綺麗だと思った。
お化粧で白く見える顔に、切れ長の少し吊り上がった目。唇に引かれたルージュは真紅と言っていい程鮮やかな赤色だったが、それが不思議と派手にもしつこくも見えない。
泣いてでもいたのかやや赤みがかった目元のお化粧はほんの少し剥げて崩れていたけど、それでも彼女は綺麗だった。
大きく一つ息を吸って店内を見渡した彼女はレジの方に、私の方に、目を向ける。
バッチリと目が合った。目は、逸らせなかった。時間がとまったみたいな感覚を、私はその日初めて現実に味わった。
一拍置いて、いらっしゃいませーという取り繕ったかのような私の声が店内に間抜けに響く。ちなみによく考えずに無意識に口に出たこの時のこの言葉、これは後に後輩君にはあれは英断だったと評されたがそんな評価はいらない。
ヘッドドレスを乱暴に脱ぎ捨てて──正確には店の中だから捨ててはいなかったが私にはそう見えた──綺麗な花嫁は私の目をキッと力強く見ながらこう言った。
「14番のタバコ、カートンで」
「……ありがとうございます。ご注文を繰り返します。14番のタバコをワンカートンでよろしいでしょうか?」
「あ、はい。あってます」
「かしこまりました。少々お待ちください」
変に喉が渇いていたせいで声が裏返って変な声になった。
私は動揺して一つ前にバイトをしていたカフェでの受け答えをしながらタバコの銘柄を二回も確認して彼女に渡した。ちなみにこの後後輩君にこの時のことは先輩の方がよっぽど変だったと評された。嬉しくない。
彼女は律義にお礼を言ってそれを受け取ると、早速コンビニの外で吸っていた。
それが私が彼女を最初に認識した日の話になる。
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