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その日の彼女は私でも見て分かるほどに分かりやすく落ち込んでいた。
いつもは綺麗に纏められている髪の毛は所々ぼさぼさで、格好も見るからに部屋着であろうぶかぶかのパーカー。顔だっていつもより何だか色が悪いし、何より、あの綺麗なルージュを唇に引いていない。
極めつけはそのため息の多さである。
いつもは迷いなく鮭おにぎりをチョイスする手はおにぎりコーナーの前で意味もなくさ迷い歩き、それでいて視線は全くおにぎりに向いていない。そして一分も経たないうちに何度も繰り返しため息を吐くので、入ってきてから約五分で彼女は十三回もため息をついた。
でもそこまでなら迷うことはなかった。
幾らネームレスな存在とはいえど私にも良心はあるわけで勿論どうしたんだろうと心配にはなるけれど、だからと言ってこの時点で一コンビニ店員である私が彼女に話しかけようなんてことは思ってもみない。
物語はいつだってネームレスな私の知らないところで進むのだ。
しかし、その様子がおかしい彼女が思わず間違えたといった感じで鮭おにぎりの隣にあった梅おにぎりをレジに並べてタバコを買うと、そのままいつかのようにコンビニの外でタバコを吸いだした時は思わず何度も外の様子をうかがってしまったし。
この真冬の寒空の下彼女がタバコを吸うのもやめて膝に額をくっつけてうなだれだした時はさすがのさすがに大丈夫かと不安になってきたりもするのである。
そんなこんなで、私は絶賛頭の中で円卓会議を開いて彼女のことについて頭を悩ませているという訳だ。
私の信条に沿うなら、ここで彼女に干渉するのは完全に悪手。こんな場面で余計なお世話をしてくる人認識されるのも、親切な人認定されるのもはなはだ遺憾である。特に気味悪がられたら泣いてしまう。
しかしここで何もせずに放っておくというのも、それはそれで人として一体どうなんだと頭の中で小さな私が声を大にする。
先程からずっと私の思考は同じところを堂々巡りして目を回していた。
何度か時計の時間を確認しては、五分後にまだいたらと言い訳するのを繰り返している。そのせいで後輩君にお腹でもすいているのかと邪推された。そこまで食い意地の張ったキャラだと思われていたとは。ちょっとショックだ。
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