冷ややかな歌

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鍵原(かぎはら)さんって、なんかヘンだよね」 「あぁ、あの子」  透子(とうこ)は「だよね」と笑った。同じクラスの鍵原玲香(れいか)は少しヘンかもしれない。合唱部では無いけれど歌が好きらしいがとにかく性格が冷たい。いつも一人だし、笑っているのを見たことがない。そして授業が終わった途端とっとと帰っていく。  鍵原さんと中学が一緒だったという愛華(あいか)は高校に上がった途端変わったと言っていた。昔は、少しは笑っていたみたいだけど。 「去年の合唱祭、まじで地獄だったもん」  透子は焦げ茶に染めた髪を指先でもて遊びながらため息をついた。朝の教室はウチら以外は大人しい子しかいなくて少しセンシティブな話をするのはちょうどいい。 「学年で噂になったもんねー」  ヤバイ奴がいる、と話題になったのは去年の冬だった。ウチらの学校では毎年冬に合唱祭があって、その鍵原さんが鬼だと話題だった。 「普段、喋んないし、何考えてるのか分かんないんだけど、まじ怖いの。練習。合唱部じゃないのにでしゃばってるっしょ。後ちょっとでも声出てないとすぐ怒るし、大人しい子を一人一人歌わせるの。泣いてる子いたし。鬼畜すぎ」 「うわぁ……最低じゃん」  そう言った瞬間空気が変わった。気配を感じ振り返ると鍵原さんだ。 「どいて」  素っ気なく彼女は言った。慌てて立ち上がる。 「あ、ごめん」  ウチが座っていた席は彼女の席だったようだ。  それにしても声が冷たい。 「里紗(りさ)、廊下行こ」  透子に誘われ廊下に移動した。冬にひんやりした空気が身体を刺し思わず身震いした。 「寒っ」 「それな。にしても、怖かったね」 「うん。でも、鍵原さんって顔は良いよね」  胸元まである髪は黒々としていてとても綺麗だ。小さな顔から覗く瞳はやや細く、吊り上がっているが顔立ちは整っているし肌は陶器のように白い。 「さっきの、聞かれたかな」 「平気っしょ」  あっけらかんと透子は笑った。いつも間にか鍵原さんの話題は無くなりジャニーズの話で盛り上がった。 *** 「さよならー」  挨拶と共にガタガタと机を動かす。終礼が終わったら掃除だ。  何故か一日中、鍵原さんのことが頭を離れなかった。  今日の鍵原さんはいつも通り喋る事はせずただ冷ややかだった。  今年は、コロナの影響で合唱祭は中止。鍵原さんは淡々と事実を終礼で伝えていた。  とっさに鍵原さんを探すと姿を消していた。慌てて廊下を飛び出し階段へ向かうと、ちょうど降りるところだった。 「鍵原さん!」    ゆっくりと振り返ってきた。豊かな髪がさらりと揺れ、柔らかく光を反射していた。 「何?」  相変わらず冷たい口調。背が冷えた。  でも……ウチはずっと考えていた。このままでいいのかって。人のことをあまり知らず悪口言っていいのかって。ウチは馬鹿で、どうしようも無い落ちこぼれだ。これ以上落ちたくない。 「く、悔しくない?」 「何が?」 「合唱祭、中止になって」  あぁ、と冷ややかに言った。 「別に」 「なんで」 「音楽、もうしないから」 「えっ」 「私、音楽嫌いだし」  冷たく言う彼女の声は少し震えていた。  一段下にいる彼女と視線が交差する。少し瞳が潤んでいた。 「中学生まで好きだったけど、もう嫌い」 「どうして」  ウチはどうしようもない馬鹿だけど。でも、少し変われたら。寄り添えたら。 「白菊(しらぎく)、落ちたから……去年」  白菊とはこの辺りでは有名な音楽学校だ。偏差値も高くなかなか入れない名門高校だ。 「うち、家がピアノ教室で、お母さんがピアノに先生だった。でも、白菊落ちた時お母さんが病んだんだよね。自慢の娘が落ちたって。家事やる人いないし、私に責任あるから家事やんないとなの。音楽なんてする時間もないし、音楽が家族の人生変えたから大嫌い」  言葉を失った。そんな背景があったなんて想像出来なかった。普段冷たくて素っ気なくて、クラスメートに厳しい彼女は、そういう鎧がないとただの脆い人だった。ウチには想像できない苦しみを一人で背負っていて、誰にも言えず、『冷たい』鎧で隠していた。 「同情なんてしないで。じゃあ」  素っ気なくいうと去っていった。  ウチはダメだけど、でも。 「あ、ここにいたんだ」  振り返ると透子がいた。 「鍵原さんと話してたの? 辞めた方がいいよ、あんな奴と関わるの」 「透子!」 「え、何急に」  透子は目を見開いた。 「あのね、鍵原さん──悪い子じゃないよ。ウチ、これから悪口やめる。人を勝手に判断しないから」  強い眼差しで透子を見つめた。
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