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3話
通夜は午後七時から受付が開始される。
それまでに斎場へ行こうと思えば、六時半には竹本と合流しておかねばならない。
基本的に5分前行動の僕と、遅刻魔の竹本では、時間の流れがそもそも違う。
とはいえ、待ち合わせ場所近くのコインパーキングに車を停めて、近くのファミレスに入ったのが六時。
流石に早く着きすぎだ。
ドリンクバーのみを注文して、僕は小さなマグカップにホットのブレンドコーヒーを注ぐ。
先程缶コーヒーをぶちまけただけに、コーヒーの香りを楽しめるかと思ったが、沈んだ心はそんなもので慰められるほど優しくもなかった。
カップに指を引っ掻けて、席に戻る僕は足元ばかり見つめていた。
※ ※ ※
大学も2年次になると、選択科目が増えてくる。
そもそも専攻の違う僕と曽我部は、行動を共にする日が一週間で数えるほどになってきていた。
僕の周りの友達も、自然と同じ経済学部の人間の割合の方が多くなる。
その頃には、構内で曽我部とすれ違っても、お互い軽く手をあげて挨拶する程度になっていた。
(このまま縁は切れるのかもしれないな。)
そんなことをぼんやり考えていたある日、
「瀬戸内、今日暇?」
中国語の授業終わりに曽我部に声をかけられた。
驚いた僕は一瞬返答に困る。
すると曽我部は即座に、「悪いな、やっぱいい。」と乾いた笑いを浮かべた。
「いやいや、行けるよ!行こうよ!」
ガタンと椅子がひっくり返る勢いで慌てて僕は立ち上がり、前のめりに答えた。その滑稽さに、曽我部は今度はいつもみたいに屈託なく笑う。
僕は照れて頭を掻いた。
曽我部は、一見すると感情表現が乏しいように思えわれていた。しかしその実、とても繊細で人の顔色をよく伺う。細い縁の眼鏡の奥の瞳が少しばかりキツいだけで、曽我部はそこまで強い人間ではなかったのだ。
飲みに出掛けた僕らは、賑やかな居酒屋のカウンターの席に横に並んで座った。
今思えば、僕らはあの日が初めて一緒に出掛けた外食だった。
授業の合間の昼休憩に、昼食を共にすることはあっても、こうして外部で食事をしたことなど一度もなかった。そんな希薄な友人だった。
そもそも友達の少ない僕は外食をほとんどしていない。一人で外食できるほどの勇気もなく、ゆえに今も、夕飯は基本的にはコンビニかスーパーの惣菜で済ませることの方が多い。
「なんかこういうのも新鮮でいいな。オレ、最近コンビニ弁当しか食べてなかったし。」
「そうなのか?自炊は?」
僕の言葉に目を丸くして曽我部が聞く。僕はハハっと笑って、小声で全然できない旨を伝えた。曽我部は呆れに近い笑みを浮かべながら、
「なんなら作りに行ってやろうか?」
冗談とも本気ともとれないトーンで僕を見遣った。
「えーマジで?人の手料理なんか何年も食ってないから作ってくれたらマジ惚れる。」
僕は注文していたビールを煽りながら冗談めかして言った記憶がある。
その時、曽我部はどんな顔をしたのか。
今は、はっきりと思い出せない。
※ ※ ※
僕は幼い頃に両親が離婚したため、祖父母に育てられた。
だが僕の母は高齢出産だったらしく、僕を引き取った時点で、祖父母は僕を育てるには高齢過ぎた。
僕が中学に入る頃には祖父が亡くなり、高校を卒業する前に祖母も亡くなった。
それでも十分な遺産を二人が遺してくれたお陰で、大学も行けたし、一人暮らしに必要な初期経費も捻出することができた。感謝しかない。
しかし、僕が幼い頃から祖父が病気がちだったため、僕の面倒を見るだけの余裕が祖父母にはなく、生活の基盤は支えてもらえてはいたが、愛情という面を考えれば、少し不足していた感は否めない。
『両親が揃っていても当然愛情不足は生じるし、逆に祖父母に育てられても愛情を十分与えられて穏やかで優しい人間に育つ奴もいる。単純な外的要因の問題なんだよ。君のせいではない。それなら君の境遇に優劣はつけない方がいいし、つける奴がおかしい。受け入れるしかないことだからね。』
仕方がないことは悩んでも時間の無駄だよ。
あの飲みの席で、親からの愛情不足を少し愚痴ったら笑顔で返された曽我部の言葉。
「曽我部は、…どうして、」
僕は既に冷めきったブレンドコーヒーを一気に飲み干した。
せっかくお金を払ったのだから、もっとドリンクを取ってこなくてはと、頭の片隅が訴えたが、どうしても席を立つことができない。
ファミレスのソファーに深く座って僕は、ただ窓の外の人の往来をぼんやりと眺めていた。
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