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ホラーで怖がりそうなのは誰か。もしそう聞かれても自分の周りにいる奴らの中に当てはまる人物はいない。
修輝と双子は興味を示さないし、奈央はぶりっ子して怖がるふりをするだけ、碧はむしろそういうものが好きなタイプだ。きっと律人もそうで、追われる登場人物を見てギャハギャハ笑ったりするのだろう。揃いも揃って可愛げはない。
と、思っていたのだが。
「こんな子供だましの番組何がおもしれぇんだよ、つまんな。はやくチャンネル変えろ」
「えー、っと?」
珍しく早口で言ってくるその様子に首を傾げる。たまたまテレビをつけたらいわゆる心霊番組がやっていて、それが目に入った直後の言葉だった。
律人は普段テレビ番組に大して興味を示さない。俺がつけたものを一緒に見て、欠伸をしながら時折どうでも良さそうに笑っているくらいだ。俺が一年の時は今まで見ることがなかったアニメやバラエティを強制鑑賞させられたけど、つまらないから変えろだなんて言われたことは無い。
……もしかして?いやまさか、あの律人だぞ。
不安定なところはあるけれど、彼のそもそもの性格は飄々としたものでどちらかといえばクール寄りなはずだった。怖がりという言葉とは少しも結びつかない。
それでも浮かんでくる疑念を飛ばすことはできなくて、俺はチャンネルを変えずあえて大したことがなさそうに言ってみる。
「俺が見たい気分なんですよ」
「でも」
「じゃあ自分の部屋帰ります?」
そう返すと、律人は口をつぐみ所在なさげに手を組んだ。落ち着きなさげに視線を漂わせながら一本調子な声で「そうしようかな」とだけ言う。良くない気配を感じ俺はすぐに訂正の言葉を口にした。
「冗談に決まってるだろ。テレビが見たいんじゃなくて一緒にいたくて部屋に呼んだんですから。落ち込まなくていい」
「落ち込んだわけじゃねぇって」
平気そうな素振りで律人は言うが、実際傷ついたのは丸わかりだった。昔は何を考えているのか本当に分からなかったが、今では手に取るように感じられる。
見た目に反して繊細で臆病。それはきっと周りにほとんどバレることはなくて、ただ積み重なってきたのだろう。
意地悪なことを言ったかなと反省しつつ、律人の髪をくしゃりとなでた。
「ならよかった。じゃ、一緒に見ましょうか」
「えっ」
律人が思わずと言った感じで声を上げた。素早く何度か瞬きした彼はパッとテレビに目線を向け、それから顔をゆがめ俺を見る。
「おい、分かって言ってんだろ」
「何が?」
「俺がこういうの、……っ」
最後までその言葉は紡がれず代わりに舌打ちが聞こえてくる。ホラー系が苦手だなんて確かに律人のキャラじゃないが、今更俺の前でそうやって取り繕う必要なんてないのに。
まぁ、素直に言ってきても消さないけど。
「ほら、ちょうど話がはじまりましたよ」
「Sっ気だしてんじゃねぇよクソが……」
「ははっ、聞こえないですねぇ」
返事の代わりにそこそこの力で脇腹をどつかれる。グフッと空気の漏れたような声が出たが気にせず律人の腰を抱き寄せた。
「こういうパターンの話か。面白そうですね」
「……まじでうぜぇ」
睨みつけられはしたがいつもより覇気がなく声も小さい。本当にホラーが苦手ならしかった。
そんな珍しい律人の姿を前に、俺はつい楽しんでいた。
もちろんこいつのことは甘やかしたいし傷つけたくない。それは本当なんだけど、これくらいの範囲なら少しいじめたくなってしまう。色々な顔を見たいと思うのはどうしようも無い性なのかもしれない。
「こんなん誰が楽しんで見んだか」
一人気分をよくしていると吐き捨てるような言葉とともに横から舌打ちがしてくる。表情を盗み見れば、眉間に皺を寄せた凶悪そうな顔が目に入った。思ってたのと違う。
「あんま可愛げ無いですね。威嚇する動物みたいなんですけど」
「はぁ?涙目になって震えでもしてりゃ満足だったかよ」
「今の律人を見れて十分満足ですよ」
「うわー、お前ってまじ、っで」
画面の中で何かが起こったのだろう。俺はほとんど話なんて聞いていなかったから分からなかったけど、律人が俺の腕にギュッとしがみついてくる。その手は僅かに震えていて、可愛げの方もあるんだなと口元が緩んだ。
「怖い?」
見れば分かることをわざと尋ねる。彼に言われた通りの少しの加虐心が出てきてしまった。
だって、可愛いから。
「消せ」
ぶっきらぼうに聞こえるその声は、ただ固くなっているだけだ。彼の頭に片手を置き優しく笑って言ってやる。
「やだ」
「……覚えてろよ」
そんな負け犬のようなセリフを吐いて、律人は薄らと目を細め画面に視線を戻した。
目をつぶっていればいいのにちゃんと見ているところも可愛い。見始めたら気になるタイプなんだろうか。そう言えば生徒会の奴らも一緒に映画を見た時、みんなが微睡むような内容でもこいつは最後まで見ていたっけ。
……それにしても一体どこが怖いんだが。
もう一度隣を盗み見れば、完全に威嚇状態にはいった恋人が目に入る。俺もそこまでホラーが得意な訳では無いけれど、このくらいなら落ち着いて見られるレベルの番組なのだが。そんな余裕も重なってむくむくと悪戯心が湧き上がり、つい我慢できず律人の耳にふっと息を吹きかけた。
「っひ!?」
律人はぴゃっと逃げようとしたが、俺に腰を掴まれていたせいでただ震えるだけになる。上擦ったその声はどこか違う行為も連想させて心拍が早まるのを感じた。
「ふ、ざけんな、ばか」
いつもより数段高いこわばった声。不安そうな瞳と視線がかち合いすぐにそらされた。身を庇うように体を緩く前に曲げ困ったように眉を下げている。律人の前髪をそっと払うと、額に薄らと汗をかいているのが分かった。
「可愛い」
口に出すつもりはなかったのに気づけばそう言っていた。無意識でって本当にあるんだなと手の甲で口元を覆う。律人はぽかんと口を開けたあと、ため息をつくように笑って言った。
「何言ってんだか」
「ほんとだよ」
「あーはいはい」
聞き流すようなその声は明るくて、それ以降ぎゅっと結ばれた口元は笑みが隠せていない。可愛いと言われた律人の戸惑う時間が徐々に減っていくのを感じる度に嬉しくなる。
こいつは変に自己肯定感が低いから、それを少しでも上げることができているような気がするのだ。
「りつ、」
「うわ、無理、まじで無理」
声をかけようとした直前に律人の顔が一瞬で曇り青ざめる。その目はテレビ画面に釘付けになっていて、つられて俺も視線がうつった。
「あぁ、話も終盤なんですね」
自分でも分かるほどに興味のない声が出たが律人はそれにも気づかなかった様子で体を寄せてくる。
「まじで嫌だ。俺無理って言ったじゃん」
「言ってないですけど」
「むっかつく。……あ、むり、消せって」
「リモコンどこ置きましたっけ」
「ざけんな。うわっ、きもいむり、怖いって!」
「素直ですね、珍しい」
小さな震える声で喚く律人の反応を楽しみながら片手でリモコンの位置を探る。見つけてから数十秒たって話が終わったところで俺はキリよくテレビを消した。
映像はそこそこ怖かったような気がするが大して頭にも残っていない。対する律人はしっかり脳裏に焼きついたようで心底恨めしそうな顔で俺の方を向いた。
「テメェ見つけてたんならさっさと消せよクソサド馬鹿九條が」
「貴也って呼んで欲しいんですけど」
「そこかよアホ」
怖かったら怒るタイプなのかなぁなんて考えつつにこにこしていると、律人は大きく息を吐いてぎゅっと目を閉じた。それから駄目押しとばかりに手で目元を押さえつけるように覆って子どものように言う。
「さいあく、夢に出る」
「そういうの言うの似合わなすぎて可愛いですね」
「貶してんのか褒めてんのか分かんねぇよ。あー、目開けたくねぇ」
そうボヤく彼の手は僅かに震えていた。律人には悪いがやっぱり面白いし可愛い。とはいえせっかく部屋に呼んだのにずっとこの調子でいられるのも勿体ないから、律人の手の上に自分の手を重ねた。
「なん、っ!」
顔を近づけいつもより少しカサついた彼の唇を一度舌で舐める。それからゆっくりと目を覆っていた手を引き剥がすと、薄く口を開け驚いた律人の表情が目に入った。
「何して……」
「奈央が言ってたんですけど、幽霊って性的なものが嫌いらしいですよ」
「馬鹿かよ」
あきれ返った様子でそう言ったくせに、律人は俺の指に自分の指をからめながら当てるだけのキスを返してきた。思わずくすりと笑ってしまい、俺は反対の手で彼の頬に触れて聞く。
「ベッド行きますか?」
「ん。でも二回目の始まりがこれとかなんか嫌だな」
「ふふっ、乗り気なくせに」
「まぁな」
律人は力の抜けたような笑みをこぼしそう言った。いくらかリラックスした様子のそれを見てつられてまた口角が緩む。怖がっているところも可愛かったけれど律人はやっぱりこういう柔らかい顔をさせた方が良い。
「好きだよ」
また無意識にそう口に出していた。一瞬目を丸くした後どこか照れたように律人が笑う。いつもよりも冷えている彼の頬を温めるようになでながら、自分の体も心地の良い温かさがつつんでいくのを感じた。
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