7. 過去と幸せ ※

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 経験人数なんてもう数え切れないほど体を重ねた経験は多い。でもそれらは全て作業のようなものだった。相手に一方的に快楽を与え、これは大したことのない行為なんだと上書きする。自分のことしか考えていなかった。最低だと自覚していた。  だから分からない。与えられた時にどうすればいいのか。  しかも相手は、狂おしいほど好きな相手で。  何度も深く口づけられるのを受け入れされるがままになっているうちに、九條が下着の中へ手をいれてきた。それだけで体が硬直し、シーツを掴む手に力が入る。  今まで少しでも責められた時、自分はどうしていたんだったか。考えようとしても頭が全くはたらかない。下からもゆっくりと刺激を与えられ、小さく上擦った声が漏れた。  ……さすがに、これはまずい。  唇が離れた拍子になんとか力を込め上体を起こす。走った後のように胸を上下させ呼吸していると、九條が気遣うように口をひらいた。 「苦しかったですか?」 「……っ、お前まじで、俺がはじめてなんだよな?」  俺とは反対に余裕そうなのが少し気に食わない。まだ少し息を切らせながらそう聞くと、九條は一瞬目を見開き、それから完全に緩みきった幸せそうな声で言った。 「そうだけど、やっとさわれて、なんか嬉しくて」 「今までも別にさわってたろ」  なぜかこっちが恥ずかしくなってきて、顔を逸らしながら照れ隠しにそう言った。九條はふっと笑いまた手を伸ばしてくる。 「でもこういうのじゃなかった」  くすぐるように耳をさわられ、大袈裟なくらいにびくりと体がはねる。また押し倒されそうになって抵抗するもすんなりと体はベッドにしずんだ。  いくら今腰が抜けそうだとしても、こいつに力で負けることなんて無いと思っていたのに。 「ぁっ……、おい、まて……!」 「律人の方こそ随分と反応がかわいいな」  全身がぶわりと熱くなる。  かわいいなんて言われても嬉しくない。それなのにこうなるのは、九條の顔と声のせいだ。  酷く甘ったるくて、まるで酔っぱらっているような感覚に陥る。 「俺はお前相手じゃなきゃ、こんな反応したりなんか……」 「へぇ」  ぼんやりとした状態で言葉を返すと、九條は目を丸くし、それからにやっと笑った。 「俺のこと大好きだから?」  その言葉に急激に羞恥がわきおこる。その通りなのは否定しないが、言葉にされるとどうしていいか分からない。無言で顔を両手で覆い、大きく息を吐いた。  本当に、どうかしている。浮かれすぎだ。 「律人、顔見せて」 「くそ……、九條くん童貞のくせに」 「その俺に翻弄されてるくせに。というか、九條くんって呼ぶのやめないか?」 「もうさっさと突っ込めよ……」 「いやだ。ほら、な?」  顔を覆う手をどかされ覗き込まれる。優しい茶色の瞳にうつる自分は、酷く惚けた顔をしていた。 「律人、ほら」    甘い声が脳を揺さぶる。ふにゃふにゃした声を漏らしそうになるのをこらえ、九條の首に腕をまわし引き寄せた。それから耳元でささやく。 「好きだ、貴也」  九條が俺から離れるように勢いよく上体を起こす。目が合って顔が真っ赤に染まっているのが分かり、俺は少し笑って言ってやった。 「お返し」  お前カウンター弱いのな、なんて軽く笑ってやると、九條は今までに見た事がないほどに柔らかい顔をして、また体をかぶせてきて言った。 「俺も好きだよ」  ……あ、だめだ。俺の方が弱い。  ぶわっと体が熱くなって、ぞくぞくとした幸福感が全身をつつんだ。ひとりでに涙がにじみ、視界がぼやける。九條はもう一度好きだと言って、止めていた手を動かしはじめた。 「ひ、ぅ……、っ、まて、って、〜っ」  気持ちいい。好き。  だんだんとそれしか考えられなくなって、声をおさえるのもやめそうになった瞬間だった。 「愛してる」 「ぅ、あっ……!?」  体が大きく震え、内腿にぐっと力が入る。なんでもう、なんて戸惑っても止められなくて、上擦った声を漏らし精を吐き出した。  頭の奥がチカチカとして、体から力が抜け何度も浅く息を吐く。 「え、律人?」  余韻でぼんやりとしていたが、九條に驚いたように言われ我に返る。 「っ、おれ、なん、で……」  はやすぎるそれに、頭に熱が集まった。九條はぽかんとしていたが、少ししてにっと口角を吊り上げる。 「愛してるって言われてイったんだ」 「ちが、う、おれ……」  こうも口ごもっていたら肯定しているのとほとんど一緒だ。耐えきれず顔を逸らすと、顎を掴まれ無理やり目を合わせられた。 「かわいい」 「っぅ、あ!……ッ!」  イったばかりでまだ敏感なそこに刺激を与えられ体がはねた。刺激されるたびに下着の中で精液がぐちゅりと音をたて、羞恥心を煽られる。耐えきれず声が出てしまうのが嫌で口元を覆おうとしたが、九條にその手をつかまれシーツにぬいとめられた。 「ま、て、くじょう、な、ッあ!やっ……!」 「やだ」 「な、んで、あっ、ぅあ……ッ」  熱っぽい声を耳元に送られ、腰がくだけそうなほどの疼きに支配される。堪らず九條の体を抱き寄せると手の動きが一瞬止まった。その隙に耳元に口を寄せる。 「たか、や」 「……なに?」 「もう、……っは、脱がせ、ろ。あとお前も、きつい、だろ」  荒く息を吐きながらそう言って、彼の固さをもっているそこを足で刺激する。九條は熱っぽく息を吐き、あと少しで唇が合わさってしまいそうなほどの距離で優しく笑った。 「絶対気持ちよくさせるから」 「……もう十分だっつの」 「もっと甘やかしたい、お前のこと」 「な、にいって」  頭がくらくらした。幸せ慣れしていない自分のキャパを完全に超えている。これ以上溶かされたらなんて、想像して怖くなるくらいだ。  自分がこくりと唾を飲み込む音が部屋に響いた。鼓動がやけにうるさくて、体全体が脈打っているのが分かる。  ……あぁ、期待してんだな、俺。訳が分からなくなるほど溺れて、こいつなしじゃ生きていられなくなりたい。今以上に、ずっと。  ぞくりとした。    この感覚は恐怖からか、幸せからか。そんなのどっちだっていい。九條のことが好きだ。 「俺のこと、もっと」  その続きを言葉にする前に、噛み付くように口付けしていた。
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