7. 過去と幸せ ※

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「も、いいから……っ」 「痛い思いさせたくないって言ったよな」 「もう、ならした、って、ぐっ、ッ……」  出そうになった声を、咄嗟に呻くことで誤魔化した。  風呂で自分でならしたときは指一本でも苦しかったはずだ。それなのに、今は後ろから三本の指が内壁を擦っている。不快感があるはずのその行為を、体は徐々に受け入れていた。  そして、受け入れるどころか。 「は、ぁ……、ぐ、ぅ……っ!」  手の甲を噛んだ。体が火照り、こめかみを汗がつたう。 「苦しそうに見えるんだが」  自分の顔は完全に両腕で隠しているから九條の表情は分からないけど、明らかに心配そうな声でそう言われた。直ぐに否定したいけど、若干の羞恥とプライドが邪魔をする。    だって平気などころか、気持ちいいだなんて。  とりあえず軽く首を振ろうとしたが、九條の指がある一点を掠った。 「っは、ッ〜〜!」  声にならない声が漏れ咄嗟に唇を噛む。余韻で体を震わせていると、また心配そうな声が降ってきた。 「律人、やめとく?」 「へいき、だ……。ぁ、ん……っ」  甘やかすような響きを含むその声に気が抜けて、つい甘い声が漏れた。それがいけなかったのか、九條が一瞬黙り、それから言う。 「……一回顔見せろ」 「え、まっ……」  腕をつかまれ動揺した。どろどろに惚けているであろう今の顔を見られたら、感じているのも丸わかりだ。  そこで少し体が起きたからか、九條の指が気持ちいいところを押し上げた。 「ッ〜〜!」  声も出なかった。全身がぶるりと震え、目の前がチカチカする。自分ではコントロールできない快感に、ひとりでに涙がこぼれた。 「っ、律人?」  その隙に両方の腕をはらわれ、顔を見られる。涙で潤んだ瞳に九條の顔がうつった。 「……っ、なんかお前」 「あッ……!そこ、っぅ、〜〜!」 「かわいい」  またそんなことを呟いて、九條はそこを今度は指で挟むように刺激してきた。 「ひぁッ、あ、やぁぁ……っ」  一瞬目の前が真っ白になった。指を引き抜かれ、その瞬間にもまた情けない声が出る。体から力が抜け、くたりと顔を傾けた。 「は、ぁ……、っ、おれ、はじめてなのに、なんれ、こんな……」  肩で息をしながら回らない口でそう言うと、九條は笑って言った。 「俺だからだろ」  その言葉と仕草に胸が高鳴った。抱かれたいってこういうことか、なんて柄にもなく思ってしまって余計に体が火照る。  髪を撫でられ、顔を隠すようにその手に顔をすり寄せた。唾を飲む音が聞こえて目線をあげると、理性が切れそうな顔をした九條と視線が絡み合う。 「っふ、余裕なさそうなかお……」  思わずそう笑うと、九條がムッとしたような顔で返してきた。 「そっちこそ」 「……なぁ、かお見ながらやろ」  言われたように俺も余裕のない顔になっているんだろう。でも、もう限界だ。  九條は片手でぐしゃりと髪をかきあげ熱っぽい息を吐いた。 「……最初はバックが負担がないらしいが」   「へいき、だ。そんな、やわじゃねぇよ」 「苦しくなったらすぐ言えよ」  九條はそう言って額にキスを落としてきた。それから腰をつかまれ、後孔に熱いものが押し当てられる。唾を飲んだ。 「ん……、っあ、は!」  衝撃がはしった。  下腹部が燃えるように熱くなり、圧迫感が体を襲う。浅く何度も息を吐いていると、九條が手を恋人つなぎのようにからめてきた。 「平気、か?」 「はっ、……っ、も、ぜんぶ、はいった?」 「あー……」  息も絶え絶えに言う俺に九條は困ったように眉を下げる。もしやと思い青ざめると、申し訳なさそうな口調で言われた。 「まぁ……、半分くらい、かな」 「まじ……、ふっ、う゛……!まっ、て……」  身じろぎされるだけで強い圧迫感に襲われる。経験したことの無いそれにパニックになりそうだった。それでもやめるのは嫌で、繋いだ手に力を込める。  それで伝わったのか、九條はゆっくりと顔を寄せてきた。 「んっ、ぅ……」  唇が交わり体の力がふっと抜けた。舌をいれられ、その熱さに境界線が曖昧になっていく。繋ぐ手にすら力が入らなくなって、九條にまた絡め取られた。 「律人」 「……?」  唇が離れぐたりとしたまま首を傾げた。圧迫感と不快感を忘れ、今はただただ体が熱い。 「多分この方がいいと思うから、ごめん」  何がごめんなのか分からないまま頷いた。耳を触られ短く声を漏らしていると、ふと手が離れ腰をつかまれる。  次の瞬間だった。 「っは、あ゛ぁ……!、ぁ、やあぁっ!」  体を熱いものが貫いた。呼吸すらできなくて、ひきつった声をだし咄嗟に九條の体を抱き寄せる。そのせいで中を強く擦られ、悲鳴に近い声が漏れた。何も考えられなくて酸素を求め口をハクハクと動かす。 「んっ、りつ、と……。わるい、いま力、抜けてた、から」  快感なのかも分からない強い刺激に対応できないでいると、九條が耐えるような声でそう言った。  ……あぁそっか、今全部入ったんだ。  そんなふうにぼんやりと思った瞬間、ぶわりと目頭が熱くなった。涙がボロボロとこぼれはじめ、止まることなく頬を濡らす。 「律人!?わるい、さすがに強引すぎた。一回……」 「ちが、う、おれ……」  苦しいからじゃない。痛いからでもない。こいつの前で泣く時は、すぐに理由が浮かんでこない。まず勝手に涙が出てしまう。  オロオロとしている九條を落ち着かせるように、彼の頬に手をあてた。 「律人……?」 「っぅ、わかんない、でも、つながってんだな、って、それで、……っ」  言葉がつまる。息が苦しい。自分でも何を言っているのかよく分からなくて、ただ泣きながらそう言った。  少しして、頬にあてていた手を優しくつつまれた。 「しあわせだな」 「っ……、うん……」  言葉がストンと心に落ちた。俺今、幸せなんだ。    そこからはもう駄目だった。嗚咽がこみあげ、子供みたいに泣きじゃくる。  そんな馬鹿な俺を、九條は落ち着くまで待ってくれた。優しく手を握って、何度も好きと言ってくれた。  それだけでもう十分で、明日死んでいいとすら思った。
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