子犬のモル

1/4
2人が本棚に入れています
本棚に追加
/4ページ

子犬のモル

「初めまして!ぼく、子犬のモルです!」 「え!?」  お母さんが新しく家族に迎え入れたサモエドの子犬。どんな名前をつけようかと悩みながらじゃれていた私はひっくり返りそうになった。料理の準備が忙しくて、母や姉は気づいていない。私は慌てて子犬を自分の部屋に連れていくと、もう一度尋ねてみることにした。 「あ、あの。あなた今、喋った?」  私が子犬を抱き上げながら言うと、うん、と彼は頷いたのだった。 「喋ったよ。喋れるよ。ぼく、モル。よろしくね」 「……犬が喋るだなんて、初めて知ったわ」 「そりゃそうだよ。喋る犬なんて、世界広しと言えどそう多くはないものさ。アメリカではぼくくらいなものかもしれないね、もしかしたら。日本には時々仲間がいるらしいけど、ペットショップでぼくみたいに知能を持った奴は見かけなかったものだからさ。いやはや、苦労したよ。普通の犬のフリして、喋らないように我慢するの。餌も全然美味しくないしさあ」  彼はぺらぺらと何でもないことのように喋る、喋る、喋る。私ははしゃいだ。幼稚園の頃からずっと、子犬が飼いたい子犬が飼いたいと母に言い続け、小学校も半ばになった今になってやっとそのお許しが出たのである。まさかこんな、特別な犬が自分の元に来てくれるなどとは思ってもみなかったからだ。  うちの犬は喋るのよ、名前はモルっていうの!友達にそう自慢したら、みんなはどんな顔をするだろうか。私がそう告げると、モルは“それはやめてほしいな”を困ったように返してきたのである。 「ぼくが喋ることができるのは、ぼくと、リリーだけの秘密にして。だめかな?」 「どうして?みんな、モルがお喋りできると言ったら喜ぶのに」 「ぼくが喋ると知って、君だって驚いただろ?喋る犬なんて珍しいものが存在すると知れたら、どうなると思う?ぼくは保健所に行くのも嫌だし、珍しいものとしてサーカスやら政府の研究所やらに売られてしまうのもごめんだ。だから、家族であっても君の目の前だけで喋ることに決めたんだよ」  一理ある、と私は思った。確かに、この子が喋ると知れたら大人が大騒ぎするかもしれない。  友達や家族に自慢できないのは残念ではあるけれど、この子がよそに連れて行かれないためと思えば納得できる話だ。私は“わかったわ”と頷いたのである。 「でも、どうして私には話してくれたの?私、ただの小学生の女の子なのに」  白いもふもふとしたモルの毛を撫でながら言うと、彼は気持ちよさそうに喉をそらして答えたのだった。 「それでも君が、ぼくを一番好きになってくれると思ったんだ。ぼくにはそれで十分さ。君は君なりに、一生懸命ぼくのことを守ってくれようとするだろう?頼りにしてるよ、お姉ちゃん」  お姉ちゃん。そう言われて嫌な気がしない。 「嬉しい。私、ずっと弟か妹が欲しかったの!」  その日から、私には家族にも友達にも言えないヒミツと、内緒の弟ができたのである。  サモエドだから、いつかは私なんかよりずっと大きくなるのかもしれない。それでも、今はまだ私の腕に収まるくらい小さくて可愛らしい子犬だ。  うちには弟がいる。特別な、掛け替えのない家族が。  モルのことは私が姉として、しっかり守っていかなくてはいけない。この時心の底からそう思ったのである。
/4ページ

最初のコメントを投稿しよう!