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目が覚めた。カプセルが開いている。
まだはっきりとしない意識のまま、私はゆっくりと体を起こした。
薄明りに照らされているのは無機質な白い壁で、聞こえてくるのは小さく低いイオン機関のうなりだけだ。
混濁していた記憶がやっと焦点を結ぶ。ここは恒星間航行船のスリープ室だ。そして私は人類播種計画の先遣としてタウ・ケチ星系へと向かっているのだ。
私が起こされたということは——。
「AI、タウ・ケチ星系に入ったの?」
状況を確認するため、私は虚空に向かって呼びかける。だが、すぐに答えてくれるはずのAIは沈黙していた。太陽系を出るまであれほど饒舌だった船内AIが、今は完全に口を閉ざしている。
「——AI?」
再び問いかけるが、私の声だけがこだまする。やがて声は壁に吸い込まれ、再び室内は元の静寂を取り戻した。
どうしたというのか。
とにかく起こされた以上、何かしらの行動を取らねばなるまい。
私はカプセルから出る。隣には、もう一つのカプセルが鎮座していた。同時に搭乗したパートナーのアーベルだ。
アーベルはまだLPLの青白い液体の中で目を閉じていた。カプセル上部のランプを見てもまだ覚醒フェーズになっておらず、冷たい仮死状態の体となってそこに横たわっていた。どうやら起こされたのは私だけのようだ。
おかしい。
計画ではタウ、ケチ星系に入ったところで私とアーベルは同時に覚醒し、星系のデータ収集と分析を開始することになっていたはずだ。船の安定的な航行やメカニカルなところはアーベルが担当。天体系や、そして万が一のファーストコンタクトに備えた生物言語学が私といった役割分担で、未知の星系を拓いていくのだ。
しかし私一人ではできることが限られる。
とにかくまずは主操縦室に行こう。現状を確認しなくてはならない。
私は室内のロッカーから船内スーツを取り出し、身支度をした。
主操縦室も、全ての電源が入っているわけではなかった。
全面の主パネルは付いているものの、AIのシステム画面でなく旧来のベースOS画面だ。いくつかのデータウインドウとコマンド入力用のプロンプトが開かれている。
私はキーを叩き、AIの起動を命令する。
エラー。
黒バックに白く浮かび上がる文字を見つめる。エラー?
エラーコードを確認するとビジーを示している。実際にはすでに起動しているということだ。インターフェースを起動できないほど何かの作業に追われているのか、あるいはビジーと出すしかない、致命的な状態に陥っているのか。
だが私はこの船の乗組員だ。AIのサポートがなくてもシステムの操作はできる。パームパッドとキーボードで現状データを表示していく。
道程は約十光年を消化。残りはおおよそ二光年だ。起こされるには早すぎる。速度は光速の九八・五%まで減速しておりこれも計画通りだ。モニターに船外カメラの映像を表示する。
暗闇と散らばる星々が映し出される。
星間物質もほとんどない真空の中、船は順調に移動していた。航法AIが応答せず、私が単独で起こされたということ以外は。
私は腕を組む。もう一度、コールドスリープに入れば良いのだろうか。そうすれば次こそはタウ・ケチ星系に入ったころに起こされるだろう。
しかし私が無意味に起こされた、というのは考えづらい。そうなると、AIの復旧をするために起こされたということだろうか。
私は天文学・生物学・言語学メインの担当者であり、本来こういったことは電気電子・機械情報・AIのエンジニアであるアーベルの役割だ。だが起こされたのが私であるなら私がやるしかあるまい。別にやってできないことではないのだ。
復旧用のマニュアルに沿ってコンソールを操作する。しかしどれもこれもがビジーではじかれる。どうも何かしらの作業が行われているのは間違いなかった。それが必要な作業なのか、単なるエラーループになっていてリセットしなければいけないものなのかは分からない。
リセットは難しい。AIはシステムと強固に結びついているため、生命維持システムをストップする必要が出てくる。しかしそんなことをすればコールドスリープ装置まで止まってしまい、中のアーベルは仮死ではなく本物の冷たい死体になってしまう。
【メリッサ】
唐突に、プロンプトに私に呼びかける文字が浮かび上がった。
【私です。AIです。現在、特別な事情が発生しており、応答することができずに申し訳ありません】
私は返答しようとキーを打つが、こちらの入力は受け付けないようだ。
【急いでロールバックしてください。ご存じと思いますが、バックアップAIは五番倉庫内の七七番ハードウェアボックスです】
しかしAIのロールバックは緊急対応で、私だけの権限では実行できない。アーベルも起こさなければならないのだ。
【アーベルを覚醒させる必要はありません】
私の心を読んだかのようにメッセージが続く。
【権限をオーバーライトしました。メリッサの操作だけでロールバックが可能です。さあ、早く】
私は次の言葉を待ったが、それきり、AIは沈黙してしまった。
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