1566人が本棚に入れています
本棚に追加
お伽話のはじまり
今となっては、遠い昔……
『昔々あるところに、一人の美しい青年がおりましたとさ』
そんな語り口から始まる昔話を、よく祖父母から聞いていた。
夜な夜な語ってくれた物語の主人公は、哀しいほど美しく気高くて……手を伸ばせば、撥ね付けられてしまいそうな硬質な人物だった。
「いいかい、テツ。人は上辺だけで判断しちゃだめだ。冷たそうに見える人ほど、何かを抱えているもんさ」
「ふーん、そうなのか」
「あぁ、お前の名はテツ……熱い鉄だ。だから氷を溶かしておやり」
「へぇ……おどろいたな。俺の名前の『テツ』って、そんな意味があったのか」
「他にもあるよ。鉄は力強い強い意志を持ち、強靱な精神力を兼ねそなえた男。不屈の精神力を持った強い男だ。ばぁばの自慢の孫だよ」
「ばっちゃん、俺はそんな大それた人間じゃないよ」
「今に分かるさ。テツ……必要な時が来たら、思い出すといい。ばぁばの言葉が役立つ日がくるかも」
「……ふぅん」
しんしんと雪が降り積もる寒い夜になると、白い肌に白い着物姿の美しい青年が訪ねて来る。
『ここは寒い……寒さしか感じない世界だ』と胸を押さえて、赤い目で訴えてくる。
俺はその姿に、何故か頬を染めていた。
そんな昔話を好んでいのは、幼い頃のことで……もう、すっかり忘れていた。
表紙絵・おもち様
最初のコメントを投稿しよう!