まるでおとぎ話シリーズ番外編『春の雪』 10

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まるでおとぎ話シリーズ番外編『春の雪』 10

「春子? もう寝たのか」 「……」  返事はなかった。  俺に膝元で、すやすやと寝息を立てる春子の寝顔は、幼い頃を彷彿するものだった。  3歳と4歳下の弟が二人いたが、彼らは年子で結託しており、兄であるおれに反抗的で反りが合わなかった。だが10歳年下の妹、春子は違った。  幼い春子は、自分の顔がおれに似ていないといつも不満がっていたが、 おれには分かっていたよ。お前はおれと似て来ると。  顔だけでない。心の通い合う、気の合う兄妹だった。  社に閉じ込められている時だって、お前のことを考えていたよ。  春子……元気にやっているか。  どうか俺みたいな目には遭わないでくれ。  万が一の時は、逃げろ。  逃げるのはこの場合、卑怯なことではない。  俺も逃げてしまえば、良かった。  男なのに嫁に行かされることが分かった瞬間に―― 「そろそろいいかな」  膝枕のまま眠ってしまった春子を横抱きにしても、起きる気配はない。 「ごめんな。朝まで一緒にいてやれなくて。おれ、どうしても会いたい人がいるんだ」  返事はない。その代わりに安定した寝息が夜のしじまが広がっていった。  そっと春子の部屋を出て階段を降り出すと、逆に上ってくる足事が聞こえた。  影がぶつかる。 「テツさん?」 「桂人か」 「もしかして、迎えに来てくれたのか」 「あぁ、桂人に早く会いたくなってな」  テツさんが、おれを真っ直ぐ求めてくれるのが嬉しくて、階段から飛び降りるように抱きついてしまった。 「お、おい! 危ないだろう」 「すまない。だが、おれ……うれしくて。迎えに来てくれたのが嬉しくて」  迎えに来てくれなくても、おれの方から飛び込むつもりだった。  あの社ではとんなに手を伸ばしても、誰も掴んでくれなかったが、今は手を伸ばせば掴んでもらえるし、手を伸ばした所には、いつもテツさんがいる。  階段の踊り場で熱い抱擁を交わし、互いの唇を吸いあった。  そしておれたちの部屋に吸い込まれるように入って、ベッドに飛び込んだ。  互いが、互いの体に飢えていたのだ。 「テツさん、禊ぎは成功したが、おれ……怖かった。この気持ちまで流れてしまったらどうしようと」 「桂人、そんなことを心配をしていたのか。お前にはもう、俺が深く刻まれているのに」  テツさんが性急におれの着ていた服を脱がす。俺も腰を浮かし裸になることに協力した。  早く――早く、裸に剥いて抱いて欲しい。 「桂人、お前の里帰りは成し遂げられなかったが、大切な妹を取り戻せたな」 「あぁ、元々、それ以上のことは望んでいなかった。おれの方から願い下げなんだ。こんな気性の荒いおれのこと……嫌にならないか。テツさん――」    裸に剥かれた体を、テツさんが隈なく確認してくる。 「なるものか! 新しい傷は出来ていないな。よかった」 「あぁ、もう誰にも勝手におれの体は弄らせない。弄ってもいいのは……テツさん、あなただけだ」 「煽るな、桂人。だがそれが桂人らしい。兄としての顔もいいが、やっぱり俺の下で朱に染まる桂人が好きだ」  テツさんが今度はおれの体を舐め回す。 「おい、くすぐったい」 「耐えろ」 「ははっ……」 「泣いてもいいんだぞ。桂人」 「テツさん……」  あぁやはりテツさんは鎮守の森の神木のようだ。  あの樹木は春子を救い、村を洪水から守った。 「春子のこと……これから、どうしたらいいのか……勢いで連れてきてしまったが、本当によかったのか。年若いあの子を親から引き離して、よかったのか」 「桂人の心配はそこなんだな。やはり……」 「うっ、おれは以外と気弱なんだ。悪いか!」 「そんなことない。それほどまでに春子ちゃんが大事なんだろう」  テツさんが俺の胸の尖りを強く吸い出すと、思考が揺らいでくる。 「あっ……んんっ、うっ」 「難しく考えるな。これはもう……こうなるように決まっていたと思え。憂えるのではなく、未来を描け。春子ちゃんのこれからの幸せを願え」  気持ちよくて、自ら腰をあげて胸を反らしてしまった。   「もっと……もっと吸ってくれよ。テツさん」 「あぁ! 桂人の思うままに抱いてやる。だから、ちゃんとここにいろよ」 求めていた答えは、いつだってここにある。
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