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まるでおとぎ話シリーズ番外編『春の雪』 11
「ふぅ~なんだか兄さまに話したら、ホッとしました」
「雪也、話してくれてありがとう」
「やっぱり兄さまは頼りになります!」
父がいない分、母がいない分、……ずっと僕が雪也の全てだった。
それが嬉しいのに、苦しくなってしまった時期もあったのだ。
しかし……海里さんと出逢い、海里さんと過ごすうちに、心にゆとりが戻ってきた。
「これは、ゆきの初恋かな。心から応援するよ」
「初恋だなんて、照れ臭いですよ。少し、気になっているだけです。いや、かなりかなぁ……」
昔のように「ゆき」と呼びながら、可愛い弟の肩を抱きしめてやった。
「くすっ、素直におなり。あれ? ゆき……なんだか肩がしっかりしてきた?」
もっとか細かったような。確かに雪也は手術が成功してから食欲も増し元気になり、自分に自信を持てるようになったと感じていたが、体つきが、こんなに変わっていたなんて驚いたな。
「兄さま、僕はもしかしたら兄さまより背が高くなるかもしれませんよ。最近強く感じるのです」
「そうか。うん。ゆきが大きくなってくれるのは嬉しいよ。でも兄としては、弟を見上げることになるのは、少し複雑だな」
つい本音を漏らしてしまうと、雪也が明るく笑った。
「兄さまってば、そんな心配を? どんなに外見が変わっても僕は、兄さまの弟の雪也です。絶対にそれは忘れないでくださいね」
「そうだね。雪也の成長を楽しみにしているよ」
「はい! あ……兄さま、そろそろ戻られて下さい。海里先生がきっとお待ちかねですよ」
「……ありがとう。ゆき、良い夢を見て」
「おやすみなさい」
「おやすみ」
雪也の部屋を出ると、階段を上がってくる足音が聞こえた。
「海里さん!」
「やぁ柊一。もういいのかい?」
「はい、もう大丈夫です」
「では行こうか」
海里さんが僕を迎えに来て下さった。
照れ臭くも嬉しくて……急いで階段を下りて、彼の横に並んだ。
「月明かりのさしている庭は、さぞかし美しいだろう」
「はい! 行ってみましょう」
久しぶりに夜の庭に出た。
あの日のように、頭の中では、ムーンライトセレナーデが奏でられている。
「ひんやりしますね」
「寒くないか」
「えっと、少しだけ」
「これを」
いつの間にか海里さんはブランケットを持っていて、僕の肩を優しく包み込んでくれた。
「これは、あの勿忘草のブランケットですね」
「君のものだよ。俺が君に贈ったものだ」
「はい……あの時は、とてもあたたかいお気持ちが届きました」
「覚えていてくれて嬉しいよ」
「忘れるはずありません。何もかも一つ一つが宝物になっています」
ふたりで中庭の奥のベンチに座った。
「海里さんも入ってください」
ブランケットを広げて、彼を招き入れた。
「柊一は、頼りがいもあるな」
「あ……そうでしょうか」
「君は潔い部分があるから、当主に向いているよ。今回の判断もとても良かった」
「ありがとうございます。桂人さんの件ですか」
「あぁ、彼に頼る家を、帰る家を与えてやれたな」
「そんな立派なことはしていません。ただ……僕だったら、僕が桂人さんの立場だったら、それだけを考えていました」
海里さんが、ふっと表情を緩める。
「そんな所が好きだ、柊一」
そのまま甘い口づけを受ける。
「あ……ワイン飲まれました?」
「テツと少しな」
「テツさんに付き合ってあげたのですね」
「あぁ、あいつは不慣れだから、もどかしそうにしていたよ」
「あの……二人は『初恋』同士でしょうか」
「テツはそうだな。桂人は……どうだろう?」
「……甘酸っぱいですね」
初恋の全てが叶うわけでない。
そう言われたような気がした。
でも僕は雪也の初恋を応援したい。
「そうだな。なぁ……柊一。君があの時必死に守った家にこうやって人が集まり、人を救う場になっているな」
「はい。再び……賑やかになって来ましたね」
「あぁ君が頑張って守ったものだから、俺は本当に嬉しいよ」
そのままふわりとブランケットの中で熱い抱擁を受けたので、うっとりと目を閉じた。
あぁ……僕は、海里さんの言葉が好きだ。
僕を蕩けさせて……僕に自信を与えてくれる。
「海里さんが、いて下さるからです。手を伸ばせば届くところに、いつも居て下さってありがとうございます」
「あぁ……ずっと君の傍にいるよ」
「あっ……」
降り注ぐ月光が匂い立つような、少し大人のキスをした。
「……今宵は、このまま君を酔わせたい」
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