まるでおとぎ話シリーズ番外編『春の雪』 12

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まるでおとぎ話シリーズ番外編『春の雪』 12

「くっ……うっ」  テツさんに貫かれると、生きていることを実感出来るから、溜まらない。 「おれに触れてくれよ、もっと!」  彼に激しく揺さぶられながら、迸る汗を浴びながら、おれはテツさんを見上げた。 「桂人……どうして、何故……そんな目で見つめる?」 「悪いか」 「いや、嬉しいよ。とても――」 「もっと深く、もっと強くていい」 「煽るな」    テツさんという、おれを暖めてくれる人が彗星の如く現れた。  暗黒で過ごした日々は、おれの視力まで奪われたような残酷な日々だった。最初の頃は、社の木戸から手を出すだけで、激しい折檻を受けた。背中の傷が治っては、また上書きするように鞭打たれた。  あそこは、風も日差しも届かない、淀んだ場所だった。 「桂人、後ろからシテもいいか」 「あぁ」  おれの身体をテツさんは器用にくるりと反転させ、背後から押し掛かって来た。おれは腰を上げ四つん這いの姿勢で、一気に彼を受けいれる。 「くっ、う……」  彼が自身を抜き差しするたびに、くちゅりと淫らな音が立つ。 「あ……っ」  この姿勢をテツさんが好むのは知っている。    おれの背中の傷痕に優しく唇が触れてくる。テツさんが傷痕に沿って丁寧に唇を這わし、愛撫してくれる。するともう痛まないはずの傷痕が熱を持ち、疼き出す。  生まれるのは痛みではなく、快楽だ。  過敏に反応した身体は、自ら腰を振り出してしまう始末だ。  おれ……こんなに感じている。  相手がテツさんだから、こんなに昂ぶってしまうのだ。 「う……もっと欲しい」  貪欲に強請ることを教えてくれたのも、全部テツさんだ。今この世界には、おれとテツさんしかいない。二人だけの世界がやってくる。 「桂人を……早く抱きしめたかった」 「おれも、待ち遠しかった」  振り向けば、唇もぴたりと重ねられ、どこもかしこも繋がって行く。  **** 「柊一、そろそろ戻ろう。夜風は身体に良くないよ。それにこんなに汗をかいて」 「あ……あの」  柊一はうっとりとした瞳を、夜空に彷徨わせた。 「今日は……半月(Half Moon)ですね」 「あぁ、月が綺麗だな」 「あ、はい。月が綺麗ですね」  ますます頬を染める柊一が愛おしい。  ここで君に夜な夜な接吻のレッスンをした日が懐かしい。あの日から俺たちの情交は濃厚になっているのに、君はいつまでも真っ新で無垢なままだ。 「そういえば……アーサーさんと瑠衣は、元気でしょうか。去年の秋から会っていないので、少し寂しいです。特に瑠衣は、春子ちゃんの存在を知ったら喜ぶでしょうね」 「そうだな。瑠衣にとっては従姉妹になるからな」  そう答えれば……森宮の屋敷で薄幸な幼少期を過ごした瑠衣の喜ぶ顔が浮かぶ。  瑠衣の母親の顔は覚えていない。だが屋敷の女中として働いていたので、どこかで会っているはずだ。その時、ふと忘れていた記憶が突然蘇ってきた。   『その本、もう読んだから捨てていいよ』 『……畏まりました。あっ……』 『どうしたの?』 『あの、捨ててしまうのなら……私がいただいても?』 『大人の君が読むの? それは絵本だよ』 『こういうお話が好きな幼い息子がおります』 『へぇ、この話はとても良かったよ。でも……もう卒業しろって言われたから』  あぁ、なんてことだ。  あの日、最後のお別れとばかりに、名残惜しく『おとぎ話の絵本』を読んでいたのは、俺だった。そしてそれを通りかかった女中に、捨てるように命じたのも俺だ。  彼女には幼い息子がいると言っていた。そうか……彼女が瑠衣の母親だったのか。  彼女の顔を急に思い出したのには理由がある。桂人が連れて来た春子ちゃんに似ていたからだ。そうか、あの絵本は屋根裏部屋にいた瑠衣が読んだのか。  瑠衣もああ見えて、おとぎ話が好きな男だ。現に今は英国でアーサーとまるでおとぎ話のような生活を、幸せに送っている。  瑠衣の幼少期の思い出が、柊一や雪也くんにも受け継がれたのかもしれない。柊一におとぎ話を熱心に読み聞かせていたのは、瑠衣だから。 「うっ……」 「海里さん? 何か……懐かしい思い出に触れたのですね」  何も告げていないのに、柊一は全てを知っているかのように、俺を胸にかき抱いてくれた。 「海里さん……優しい思い出は、心を震わせますね」 「あぁ、そうだ。柊一と俺は、思い出の中でも繋がっていたよ」    
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