まるでおとぎ話シリーズ番外編『春の雪』 13

1/1
前へ
/151ページ
次へ

まるでおとぎ話シリーズ番外編『春の雪』 13

 目覚めると、昨日までの日常とは、あまりにかけ離れた場所にいて驚いた。  小学生の頃を、ふと思いだした。 「あそこと似ている」    私が育ったのは、とても小さな農村だった。  貧しくて、畑の手伝いで満足に通わせてもらえなかったけれども、小さな分校には、小さな図書館があったの。そこには、見たことも聞いたこともない世界の物語本が並んでいて、夢中で読んだわ。  大好きだった本のタイトルは、今でも覚えている。 『まるでおとぎ話』  貧しい女の子が、どん底で白亜の王子さまと出逢い恋に落ちるの。不幸な境遇から抜け出して、心の自由を掴むの!   子供心に、憧れたわ。  このお屋敷の白い煉瓦の建物を見ていると、あの物語を思い出す。  そこで、はたと私が今まで体験したことのない、ふかふかな場所で眠っているのに気がつき、飛び起きた。  ふっくらとしたお布団に包まれていた。  何……このお布団? まるで羽が生えているみたいだわ。 「そういえば、いつの間にベッドに? 床で寝ていたのに。にーたまは、どこ?」  両開きの窓を開けると、眼下に兄の姿が見えたので、ホッとした。  今日は作務衣姿なのね。うん、やっぱり和装の方が馴染みがあるわ。  兄は、真剣な顔で庭仕事をしていた。  庭師の見習いって本当だったのね。あぁ、カッコイイ!  私の大好きな兄なの。綺麗なお顔でいつも優しくて、私にはとびきり甘くて、私のために何でもしてくれた。  にーたま!  そう呼ぼうとして、躊躇した。『にーたま』って呼び方は、ここではまずいかな? 子供の頃の気分で呼んでいたけれども、私はもう16歳だし……そうだわ、これからは『お兄ちゃん』と呼ぼう。  じゃあ早速……! 「お兄ちゃん!」    初めてそう呼んだのに、兄は私の方ではなく、後ろを振り返ってしまった。思わず身を乗り出して様子を伺うと、背後からテツさんが近づいてきて、親しげに話し出した。 『桂人、そうじゃない。こうだ』 『……こう?』 『枝先やつぼみをもっと丁寧に見るんだ。細い枝や枯れた枝など、不要な枝を切り落とすのに、そんなに迷うな。木全体の3分の2くらいの高さになるように剪定しろ』 『なるほど、分かった』 『鋏の持ち方が、まだまだだな』 『……すまない』 『ふっ、どうした? 今日はえらく素直だな』 『う、五月蠅いな……昨日……で、疲れているんだよ』    テツさんが兄の手を握ると、突然、胸の奥がズキンとした。  なんだか……私、変ね。  もう一度、今度はもっと大きな声で呼ぼう。きっと気付いてくれる! 「お兄ちゃん! おはよう!」 「あ……春子なのか」  やっと、上を向いてくれた! 「ここよ!」 「今の……『お兄ちゃん』って、おれのことか」 「そうよ! 都会風にしたの」 「そうなのか」    こちらを眩しそうに見上げた兄の顔に、ドキリとした。  男の人なのに、なんだろう?   すごく綺麗……15歳の頃とは、また違う空気を纏っていた。  そうか! 幸せそうなんだ。  村で一緒に過ごしていた時は、お互い空腹で飢え、寒さに震えていた。  でも今の兄は、心が満たされているっていうのかしら。とても柔らかな雰囲気だわ。 『テツさん、ちょっと春子のところに行ってもいいですか』 『あぁ、朝の挨拶をして来い』 『ありがとう! テツさん。妹がこんなに近くにいるなんて、うれしいんだ』  そんな会話に、私の心も潤った。  柔らかい気持ちって、こういうことなのね。  兄が目の前の木の幹に足をかけて、するすると木登りして来てくれた。 「お兄ちゃん!」 「まだその呼び方は慣れないな。春子、おはよう」 「あっ、すごい」  あの日……鎮守の森で見たよりも更に迫力のある景色が、兄の肩越しに広がっていた。 「東京は家ばかりね。樹木の代わりに家が生えているみたい!」 「あぁ、おれも来た時は驚いたよ。春子……ここがお前の生きていく場所になるが、後悔はないか」 「ない! ワクワクしてきたわ」 「ふっ、やっといつもの春子らしくなったな。さぁ着替えておいで。朝ご飯を食べに行こう」 「どこへ?」 「ここでは本館で、皆で食べるんだ」 「皆って?」 「柊一さんと雪也さん……海里さんも一緒に」 「えぇ?」    驚いた……使用人が、ご主人様と一緒に食事を?  私の育った村とは大違いだわ。 「春子、よく聞いてくれ。ここはお伽話のような世界なんだよ」  兄さまの言葉を受けて、あぁやっぱりそうなのねと、腑に落ちた。    ご当主さまや弟さんはお上品で、まるでお伽話の住人のようだったし。  「だから……何を見ても、何を聴いても……どうか……驚かないでくれ」
/151ページ

最初のコメントを投稿しよう!

1551人が本棚に入れています
本棚に追加