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まるでおとぎ話シリーズ番外編『春の雪』 14
目覚ましよりも、朝日よりも早く、起きてしまった。
昨日は悶々とした気持ちでベッドに入っても寝付けず、膝を抱えていたら、兄さまが来てくれた。気持ちを聞いてもらって、ようやく眠りにつけたのに……。
僕の家では、離れに住んでいるテツさんと桂人さんも一緒に朝食をダイニングルームで取る。だから春子ちゃんも一緒に来るはずだ。
あと数時間経てば、また会える。
そう思うと動悸が激しくなる。
病気以外でも、心ってこんなに痛み、疼くんだね。
切なく甘く――
全部知らなかったな。
兄さまの恋を、端から応援するのとは全然違う。自分のこととなると、耳年増な知識なんて、何も役に立たないことを知ったよ。
「もう起きよう!」
一足先に着替えて厨房に行くと、長身の影が揺らいだ。
ユーリさんが厨房をうろうろしていた。
「ユーリさん、おはようございます」
「やぁ、えっと君はシューイチじゃなくて、ユキヤくんの方だね」
「はい。あの、どうしたんですか。こんな早朝に」
「時差で寝れなかったし、それに部屋が暑すぎた」
「暑い? 今は秋ですよ」
「本館も離れも、情熱が熱く燃えあがって、暑かったのさ。そうだ、本館には……小さな灯が見えたが、あれはユキヤくんのかな?」
びっくりした! 突然僕の心臓を指さして、ユーリさんが不敵に笑うから。
「ユ、ユーリさんには、恋の炎が見えるんですか」
「あぁ、言っただろう? オレは精霊の血を引く一族だ!」
「すごい! やっぱり『おとぎ話の世界』って存在するんですね」
「もちろんだ。信ずる者の心には宿るのさ」
ユーリさんが大きく伸びをすると、棚にぶつかった。
「やれやれ、日本は狭くて窮屈だな。オレはもう帰国するよ」
「あの……普段はどこに住んでいるんですか」
「英国の湖水地方と呼ばれる場所だ」
「湖水地方ですか」
「あぁ、氷河時代の痕跡が色濃く残り、渓谷沿いに大小無数の湖が点在する風光明媚な地域だ。ユキヤくんの好きな『おとぎの国』があるよ」
「うわぁ、いつか行ってみたいです」
その時、ユーリさんのお腹が盛大に鳴った。
「うぉぉ……腹が減ったな。何か食べ物はあるか」
「ちょうど今から朝食の支度をしようと」
「ふぅん、メニューは何?」
「トーストと目玉焼きとか……ありふれたものですが」
「そうだ! あれの材料がないか」
突然、ユーリさんの目が輝く。
「味噌と出汁だ!」
「あぁ、お味噌汁ですか」
「あるのか!」
「ここは日本なので、ありますよ」
「やった! オレに作らせろ」
味噌と出汁を用意すると、ユーリさんは手慣れた様子で、味噌汁と作ってくれた。どこをどうみても英国人のユーリさんの手から生まれた時は驚いてしまった。
「ふぅー、上手いですね」
「祖母が日本人なんで習ったのさ」
「成程……」
「お礼に、ユキヤくんに残りをやるよ。オレは腹が満たされたら眠くなった。上でまた眠ってくるから、12時になったら起こしてくれ。夜便で帰国する」
「分かりました」
ユーリさんと入れ違いに、柊一兄さまが起きてきた。
「あれ? 良い匂いだね」
「お味噌汁を作っていました」
「そうなの? じゃあ久しぶりに朝食は和食にしようか」
「でも一人前しか残っていないので、いつも通り洋食にしましょう」
海里さんは洋食が好きだし、僕たち兄弟も昔から洋食に慣れている。
準備が整うと、海里さんが降りてきた。
「おはよう。良い匂いだね」
「おはようございます。海里さん。あの……紅茶をいれますね」
「いや、柊一の紅茶は俺がいれると決めている」
「ですが」
「いいから君は座っていて。昨日あんなに……疲れているだろう」
ふふ、朝からアツアツですね。相変わらず仲睦まじくて、兄さまの眠たそうな顔と、海里さんの艶やかな顔に、あてられた。
先ほど、ユーリさんが本館と離れに情熱の炎がと言っていたけれども、それは兄さまたちと、桂人さんたちのことだ。テツさんと桂人さんの恋もアツアツだから。
「すみません。庭仕事をしていて遅くなりました」
少し遅れてテツさんと桂人さんが、息を弾ませてやってきた。
そして桂人さんの後ろには……今度は白いワンピース姿の春子ちゃんがいた。
凄く似合っている。
白江さんのセンスに感謝だ!
一晩経っても、とても清楚でとても可愛いままだった。
「おはようございます!」
「おはよう。春子ちゃんの席は……雪也の隣でもいいかな」
「はい! えっと、雪也くん、おはよう!」
ただ可愛いだけでなく、生き生きしているのがいい。
黒い瞳は好奇心旺盛に輝いて、さくらんぼうのような唇は水分を含んで瑞々しいと思ってしまった。
「あの?」
「あ、あぁ、おはよう」
「どうかしたの?」
「いや……なんでもない」
まさか君に見蕩れていたなんて、言えないよ!
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