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まるでおとぎ話シリーズ番外編『春の雪』 15
「雪也くん、あのね……」
「何?」
「これって、どうやって使うの?」
春子ちゃんがナイフとフォークを指さして、困った顔をしていた。
「あ……僕の真似をして」
「うん! ごめんね。こんなハイカラなもの使ったことなくて」
「そうなんだね。じゃあ今から覚えればいいよ」
「えっ?」
小声で伝えると、春子ちゃんは意外そうな顔をした。
僕……何かヘンなことを言ってしまった?
同世代の女の子との会話に不慣れ過ぎて、しどろもどろになる。
「ごめん。僕……何か余計なこと言った?」
「ううん、その通りだなって感心したの」
「え?」
「私が住んでいた所では、出来ないと、すぐに小馬鹿にされたから……同級生にも兄たちにも……」
「そんな」
「えっと、雪也くん! あなたとは気が合いそう!」
そう言って微笑む春子ちゃんは、なんだか格好良かった。
見様見真似でフォークとナイフを扱う春子ちゃんが、ちらちらと桂人さんの様子を窺い出した。
桂人さんはまだ作務衣姿だったが、背筋を伸ばして見事なテーブルマナーだった。なんだか、ここにやって来た時とは、別人みたいだ。
「お兄ちゃん、別人みたい」
春子ちゃんも同じことを?
「あのね、桂人さんはこの家の執事になるために猛特訓を受けたんだよ」
「お兄ちゃんが?」
「最初は、何も知らなかった」
食事だって、最初は手づかみの勢いで大変だった。紅茶をいれたら毒薬みたいな色になったし……それが瑠衣から特訓を受け続け、短期間で見事にマスターしたのだ。
蛹が蝶になるように、羽ばたいた。
「桂人、パンをそんなに残すなよ」
「……きらいだ」
「駄目だ」
「いやだ」
「お前はもう少し太った方がいい」
「なっ……」
「その方が絶対にいい」
「う……テツさんの頼みなら、仕方ないな」
「よし、バターとジャムを塗ってやろう」
テツさんと桂人さんの、毎度お馴染みの微笑ましい押し問答が聞こえてきた。
好き嫌いが多いというか、未知の食べ物に警戒心を抱く桂人さんが、テツさん限定で甘える様子を、海里先生も兄さまも微笑ましく見守っている。
しかし、春子ちゃんは大きく溜め息を吐いた。
「テツさんと、お兄ちゃんって……ずいぶん仲良しね。師匠と弟子とは思えないな」
「……そうかな?」
あ……もしかして……そうか、同性同士でも付き合えることを、春子ちゃんは知らないのかも。
「何だろう、二人を見ていると……ここが痛くなるわ」
「えっ!」
春子ちゃんがいきなり自分の心臓あたりを手で押さえたので、驚いてしまった。そこは昨日僕が押さえたのと同じ場所だ。
「だ、大丈夫?」
「なんだろう? なんだか食べ慣れないものばかりだからかな……胸が詰まったように感じるの」
「お口に合わない?」
「うーん……味噌汁、飲みたいなぁ……」
春子ちゃんがぼそっと呟いた言葉に、ハッとした。
「お味噌汁なら、あるよ! さっき作ったんだ。春子ちゃんにあげる」
「え? いいの」
「もちろんだよ」
「雪也くん……って、優しいね」
わ! 今度は胸がドキドキし、ユーリさんみたいに汗をかきだした。
暑いね。ここ……
先ほどユーリさんが作ってくれたお味噌汁を温めて出してあげると、春子ちゃんの目は輝き、頬が薔薇色に染まった。
「嬉しい! 雪也くん……雪くんでいいかな? ありがとう!」
か、可愛い――!
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