まるでおとぎ話シリーズ番外編『春の雪』 16

1/1
前へ
/151ページ
次へ

まるでおとぎ話シリーズ番外編『春の雪』 16

 お味噌汁を一口飲んだら、息が止まりそうになった。  そのままボロボロと涙が溢れてきた。 「う……ううっ……」 「え? は、春子ちゃんどうしたの?」  突然泣いたら雪くんを驚かせてしまう。でも涙が止まらない!  私……滅多なことでは、泣かないのに!  いつも歯を食いしばって生きてきたから。     すると兄が血相を変えて飛んで来てくれた。 「春子、大丈夫か。一体どうしたんだ? 突然泣くなんて」 「お、お兄ちゃん、これ飲んでみて」 「味噌汁? あぁ、ここではおれの我が儘を聞いてもらって……秋田味噌を使っているんだ。もしかして故郷が懐かしくなったのか」  色の濃い赤味噌だけれども、塩っぽくないまろやかな旨味に溢れた味噌。  それだけなら、泣いたりしない。  この味よ! この味が問題だわ。 「ばばちゃ……ばばちゃの味と同じなの!」 「え?」  兄が奪いとるようにお椀を啜った。 「あっ――!」  兄の瞳も潤んでいく。 「ばばちゃ……」 「これを作ったのは、雪くんなの?」 「いや、これはユーリさんが味噌を」 「彼は、どこにいるの?」  辺りを見渡すと、ユーリさんが大欠伸しながらやってきた。 「ハイハイ、オレはここにいるけど、ナニカヨウカ」 「この味噌汁……どうして?」 「あぁ、無事、君が飲んだのか。どうだ? 懐かしいだろう?」 「どうして……ばばちゃの味を知っているの?」 「フフン、それはだなオレの祖母は秋田の……君らの郷里……つまり同じ村出身なのさ。それは祖母直伝の配合だ。おれの祖母と君らの祖母は親しい関係かもな」 「そうなのね。本当に、ばばちゃの味とそっくり。懐かしいね。お兄ちゃん」 「あ、あぁ」  兄は泣き顔を見せたくないようで、手の甲で目を擦り……奥に引っ込んでしまった。 「とっても美味しい……ありがとうございます」  兄は、壁にもたれて震えていた。  兄がどんなにばばちゃのことを好きだったか、知っている。  ばばちゃんが死んでしまってから元気がなかった兄を心配して、私は道の道祖神さまがばばちゃにそっくりだと言って、励ましたわ。    夕日に照らされた道祖神さまの前で話したことを思い出した。 『こっちが、ばばちゃで、こっちが、じじちゃだよ。なーんだ、こんなところにいたんだね。ばばちゃ~、ほうら、にーたまをつれてきたよ。あいたかったでしょう』 『うっ……』  おどけて言えば、兄は美しい顔を歪めて泣いた。     『なかないで。にーたまはとてもキレイでやさしくて、だいじなの。だからずっとそばにいてね。どこにもいかないで……」  あの時私を抱きしめてくれた兄は、今ここにいる。  壁にもたれて涙が零れないように上を向く兄の横には、いつの間にかテツさんが寄り添って、そっと肩を抱いていた。 「桂人、おい、大丈夫か」 「テツさん、おれは……ばばちゃに弱い。会いたくなる」  ズキン――  まただ、まだ胸が痛い。  これって悪い病気なのかな?  こんな悩み、兄には言えないし、どうしよう! 「そうだったのですね。では、もしかしたら……海里さんと桂人さんや瑠衣も……どこかで繋がっているのかもしれませんね。なんだか少し羨ましいです」 「柊一、俺は君と一番親しい人間だと思っているが、違うのか」 「あ……はい」    この家の当主とお医者さまの会話も、ふわふわと不思議だわ。  隣りで、雪くんがその様子を、優しい眼差しで見つめていた。  雪くんはお兄さんのことを、そんな目で見られるのね。  そうだ、私のこの不思議な気持ち……雪くんに聞いてみようかな。  お兄さんがいる彼なら、私のこの微妙な気持ちを理解してもらえるかも。 「雪くん、さっきは急に泣いたりしてごめんね。ねぇねぇ、あとで二人で話せるかな?」 「え! あ……あの、よろこんで‼」  雪くんがあまりに大きな声で返事をするものだから、皆に注目されてしまった。   あとがき(不要な方はスルー) **** 道祖神のエピソードは、5スター特典 鎮守の森の思い出https://estar.jp/extra_novels/25792629 で、書いています。
/151ページ

最初のコメントを投稿しよう!

1552人が本棚に入れています
本棚に追加