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まるでおとぎ話シリーズ番外編『春の雪』 16
お味噌汁を一口飲んだら、息が止まりそうになった。
そのままボロボロと涙が溢れてきた。
「う……ううっ……」
「え? は、春子ちゃんどうしたの?」
突然泣いたら雪くんを驚かせてしまう。でも涙が止まらない!
私……滅多なことでは、泣かないのに!
いつも歯を食いしばって生きてきたから。
すると兄が血相を変えて飛んで来てくれた。
「春子、大丈夫か。一体どうしたんだ? 突然泣くなんて」
「お、お兄ちゃん、これ飲んでみて」
「味噌汁? あぁ、ここではおれの我が儘を聞いてもらって……秋田味噌を使っているんだ。もしかして故郷が懐かしくなったのか」
色の濃い赤味噌だけれども、塩っぽくないまろやかな旨味に溢れた味噌。
それだけなら、泣いたりしない。
この味よ! この味が問題だわ。
「ばばちゃ……ばばちゃの味と同じなの!」
「え?」
兄が奪いとるようにお椀を啜った。
「あっ――!」
兄の瞳も潤んでいく。
「ばばちゃ……」
「これを作ったのは、雪くんなの?」
「いや、これはユーリさんが味噌を」
「彼は、どこにいるの?」
辺りを見渡すと、ユーリさんが大欠伸しながらやってきた。
「ハイハイ、オレはここにいるけど、ナニカヨウカ」
「この味噌汁……どうして?」
「あぁ、無事、君が飲んだのか。どうだ? 懐かしいだろう?」
「どうして……ばばちゃの味を知っているの?」
「フフン、それはだなオレの祖母は秋田の……君らの郷里……つまり同じ村出身なのさ。それは祖母直伝の配合だ。おれの祖母と君らの祖母は親しい関係かもな」
「そうなのね。本当に、ばばちゃの味とそっくり。懐かしいね。お兄ちゃん」
「あ、あぁ」
兄は泣き顔を見せたくないようで、手の甲で目を擦り……奥に引っ込んでしまった。
「とっても美味しい……ありがとうございます」
兄は、壁にもたれて震えていた。
兄がどんなにばばちゃのことを好きだったか、知っている。
ばばちゃんが死んでしまってから元気がなかった兄を心配して、私は道の道祖神さまがばばちゃにそっくりだと言って、励ましたわ。
夕日に照らされた道祖神さまの前で話したことを思い出した。
『こっちが、ばばちゃで、こっちが、じじちゃだよ。なーんだ、こんなところにいたんだね。ばばちゃ~、ほうら、にーたまをつれてきたよ。あいたかったでしょう』
『うっ……』
おどけて言えば、兄は美しい顔を歪めて泣いた。
『なかないで。にーたまはとてもキレイでやさしくて、だいじなの。だからずっとそばにいてね。どこにもいかないで……」
あの時私を抱きしめてくれた兄は、今ここにいる。
壁にもたれて涙が零れないように上を向く兄の横には、いつの間にかテツさんが寄り添って、そっと肩を抱いていた。
「桂人、おい、大丈夫か」
「テツさん、おれは……ばばちゃに弱い。会いたくなる」
ズキン――
まただ、まだ胸が痛い。
これって悪い病気なのかな?
こんな悩み、兄には言えないし、どうしよう!
「そうだったのですね。では、もしかしたら……海里さんと桂人さんや瑠衣も……どこかで繋がっているのかもしれませんね。なんだか少し羨ましいです」
「柊一、俺は君と一番親しい人間だと思っているが、違うのか」
「あ……はい」
この家の当主とお医者さまの会話も、ふわふわと不思議だわ。
隣りで、雪くんがその様子を、優しい眼差しで見つめていた。
雪くんはお兄さんのことを、そんな目で見られるのね。
そうだ、私のこの不思議な気持ち……雪くんに聞いてみようかな。
お兄さんがいる彼なら、私のこの微妙な気持ちを理解してもらえるかも。
「雪くん、さっきは急に泣いたりしてごめんね。ねぇねぇ、あとで二人で話せるかな?」
「え! あ……あの、よろこんで‼」
雪くんがあまりに大きな声で返事をするものだから、皆に注目されてしまった。
あとがき(不要な方はスルー)
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道祖神のエピソードは、5スター特典 鎮守の森の思い出https://estar.jp/extra_novels/25792629 で、書いています。
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