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まるでおとぎ話シリーズ番外編『春の雪』 17
「春子? さっきの……」
「なあに?」
「その……雪也くんに一体何の話があるんだ? おれには……言えないことなのか」
「うん、お兄ちゃんには、内緒!」
「そ、そうなのか」
お兄ちゃんは、少し寂しげな表情を浮かべた。
少し可哀想かな……。でも、これはやっぱり直接聞けないわ。
「お兄ちゃんは、日中何をするの?」
「おれ? 今度は着替えて、執事の仕事をするよ」
「ひつじ?」
「しつじだ。まぁ……この家の見回りをして、柊一さんや海里さんの仕事を補佐するんだ」
「ふぅん……春子も何か働きたいな」
「春子は雪也くんに話があるんだろ」
「あ、そうだったわ。まずはそこからだね」
お兄ちゃんがフッと甘く笑うと、とてもドキドキした。
春子のお兄ちゃんって、カッコイイ。
村の同級生とは、全然違う。
****
春子ちゃんからの話って一体何かな? 見当がつかないな。
朝食の後は皆……それぞれの部屋に戻ったが、僕だけ落ち着かず厨房をウロウロして歩き回っていた。そこにユーリさんがまたやって来た。
「ユキヤ、俺の味噌汁の魔法は役立ったな」
「やっぱり! あれはユーリさんの魔法だったんですね」
「フフン、あの兄妹に飲ませてやれって、鎮守の森から熱心な声が聞こえてな」
「鎮守の森? 一体誰ですか」
「道祖神になったババチャって人さ!」
やっぱりユーリさんは本物の精霊なのだと、大柄な彼を見上げてポカンとしてしまった。
「そんな顔すんなって。それより俺はそろそろ出立するぞ」
「え、もう行ってしまうんですか。あの……僕はこれからどうしたらいいですか。苦しくて……僕に薬を作って下さい! ユーリさんには見えたのでしょう? 僕の心に芽生えた灯が……」
僕は胸を押さえて、訴えた。
教えて欲しい――助けて欲しい。
こんな痛み知らないから。
「ハハン、ユキヤには可愛い恋が芽生えているな。なぁ『恋煩い』という言葉を知っているだろう?」
「はい……」
「人を思慕するあまり病にかかったような様子をそう言うが、病気ではない」
「はい……今までは……薬を飲めばある程度の痛みは押さえられました。でも、これは違うのですね」
ユーリさんが、僕の頭を撫でてくれた。
「ヨシヨシ……君はいくつになった?」
「僕は15歳です」
「じゃあ……まだこれからだな。シンプルに考えれば、恋をするのは良いことさ。自分以外の誰かをそこまで好きになれるのは素晴らしいことだよ。まずは、その気持ちを大切にしろ!」
「悪い事では、ないんですね」
「あぁ……だが、それをあまり意識し過ぎてガチガチになるな。聞けば君は心臓が悪く……手術をして健康を取り戻し、この生活に目覚めたばかりなんだろう? だから勉強にスポーツ、交友関係も広げて、心にゆとりを作れよ。そして考え過ぎるな。恋を知った自分に自信を持って……信じてやれ」
ユーリさんの言葉は、辞書や参考書にはのっていないことだ。
「君の周りは、上質な愛で溢れているじゃないか」
「あ……はい!」
「元気でな。いつか春子ちゃんと報告においで」
「あ……バレバレなんですね。いつか……きっと!」
どうやらユーリさんには、すべてお見通しのようだ。
****
英国に戻るユーリさんを、皆で玄関で見送った。
「雪くん、お庭を案内して」
「いいよ!」
「行きましょう!」
春子ちゃんが……とても自然に、僕と手を繋いでくれた。
女の子と手を繋ぐのは初めてで、ドキドキする。
柔らかい……白い手……。
強くて優しい春子ちゃんに僕は、確実に惹かれている。
「わぁ……すごい。ここはやっぱり迷子になりそうな位、広いね」
「この中庭は、実際に迷路になっているんだよ」
「そうなの? それじゃ……困らない?」
「心を落ち着かせて歩けば、ちゃんとゴールに辿り着く迷路なんだ」
僕の言葉に、春子ちゃんがハッとした表情で立ち止まった。
「雪くん、私ね……お兄ちゃんのことで少し気になることがあって。あの、よかったら相談にのってくれる?」
「もちろんだよ」
もしかしてテツさんと桂人さんの仲についてかな。それとも――
「私……お兄ちゃんのことがね、とても好きなの」
「あ……うん……えっ!?」
そう来るのか。僕の動揺が伝わったのか、春子ちゃんが慌てて言葉を足した。
「あ、あのね……えっと……雪くんもお兄さんに、こういう気持ちを持ったことある?」
兄さま……?
兄さまのことに当てはまれば、僕も同じだ。
10歳も離れて、本当に頼りになる優しい兄。
兄さまが、僕の世界の全てだった時期もある。
「あるよ。僕も……兄さまが、とても好きだ!」
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