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まるでおとぎ話シリーズ番外編『春の雪』 17
「雪也くんも、やっぱりお兄さんが大好きなのね」
「もちろん好きだよ」
「良かった。何だか10年ぶりに兄に会ったせいか、妙に胸がドキドキして、悪い病気かもって心配しちゃった」
「ドキドキ?」
思わず自分の胸に手を当ててみた。
うーん、やっぱり今もドキドキしている。
でも『僕は春子ちゃんのことを考えるとドキドキするよ』とは言えずに、小さな溜め息をつくしかなかった。
これを人は恋と呼ぶのかな? ややっこしいな。いつものようにポンポンと物を言えずに、躊躇うばかりだよ。
「雪くんはドキドキしない? お兄さんのことを考えると、どんな気持ちになる?」
「うーん、ドキドキというより、近くにいてくれると、ホッとするよ」
「ほっとするか~。もちろん私にもその気持ちはあるわ。でもね……憧れの兄に会えて嬉しくてドキドキしてるのかな。私って兄に対して執着が強すぎるのかも。こんなんじゃお兄ちゃんが結婚すると言ったら、大泣きしそう! でもお兄ちゃんの子供も見たいしなぁ……あぁ悩むわ」
そうか……テツさんと桂木さんの関係を知らないから、色々な事を考えてしまうのか。春子ちゃんが全てを知ったら、どう思うのか。ちゃんと受け止められるのかな。
僕が兄さまと海里先生の関係を知った時は……。
あの頃は本当に辛い時期だった。僕を愛してくれたお父様とお母様が一度に亡くなり、頼れるのは兄しかいなくなった。その頃の僕は身体の調子が悪く、何もか兄さま任せにしてしまった。もしも兄さまがいなかったら、死んでしまっていたかも。
でも、兄さまはどん底で必死に踏ん張って、でも……最後にポキリと折れてしまったんだ。
それを引き留めてくれたのが、海里先生だった。海里先生が兄さまに好意を持ってくれ、兄さまを救ってくれた。
だから兄さまを取られて寂しいという気持ちは抱かず、大切な兄さまを救ってくれて有り難うございますという気持ちで一杯だった。
桂木さんも兄さまと同じように、いや……それ以上の長い年月を苛まれた人だ。ようやくテツさんと巡り合え、生きていく意味を見つけたばかりだ。もっともっと幸せになって欲しい。
もしも春子ちゃんが一部始終を傍で見ていたら、テツさんとの深い関係を知っても素直に受け止められると思うが、この場合はどうなるのかな。
「雪くん、どうしたの? 顔色が悪いよ」
「あ、ごめん」
「ふふ、雪くんは、もっと外遊びした方がいいよ。ねぇ、もっと奥まで迷路に入って見ない?」
「いいけど……本当に複雑だよ?」
「行ってみたいの」
「これは英国式の『庭園迷路』だよ。ヨーロッパでは古くから修道院の庭などに迷路園が作られていたんだ」
「どうして?」
「うーん、大切な人を守るために隠れ家を中に作ったという説があるけど……どうかな」
春子ちゃんと迷路を歩きながら、丁寧に説明してあげた。
「雪くんって物知りね。じゃあ、この庭にも隠れ家あるの?」
「隠れ家というか、ちょうど中央にテラスがあって、そこから見上げる月はとても美しいよ」
「そうなのね! 私も見てみたいな」
「……夜は暗いから、僕が案内するよ」
「ふふ、頼りになるね、雪くん! さぁ、もっと進んでみましょ!」
好奇心旺盛な春子ちゃんだ。
でも君に手を引かれてばかりなのは、僕の中に芽生えた男らしい部分が許せないよ。
だから春子ちゃんより一歩前に出て、今度は僕がグイッと引っ張った。
「そっちじゃない! こっちだ!」
「あ……うん!」
****
「春子……迷路に入ったら見えなくなってしまうのに」
桂人が窓辺から離れない。どうやら妹が雪也くんと二人で遊びに行ったのが少し気に食わないようだ。桂人が妹に対して強い独占欲を持っているのは、少し妬けるな。
「心配なのか。相手は雪也くんだから、大丈夫だろう。紳士的な態度で遊んでいるだけさ」
「あ……おれ、どうして気になるんだろう? 参ったな」
「春子ちゃんが5歳の時、突然手を離してしまったから、後悔があるのだろう。心残りも」
「あぁ……そうか、そうだな」
桂人が俺を縋るような眼差しで見つめてくる。
それは……誘っているようにも見えた。
瑠衣に似ていても、はるかに桂人の方が精悍だ。森宮の屋敷に来たばかりの時は日焼けしていない青白い肌に男にしては繊細過ぎる顔だったが、今は違う。
俺と抱き合う関係になった桂人は硬質の色気を増し、男気を上げていた。
俺好みになっていくのが、そそられる。
「テツさん、おれ……春子には幸せになってもらいたい」
「そうだな。それには俺たちの関係も一度きちんと話した方がいいかもな」
「おれもそう思っていたよ。コソコソするのは性に合わない。機会を考えよう、驚かせたくはないんだ」
「分かっているさ、桂人の大切な妹を傷つけたくないからな」
「テツさん……ありがとう」
桂人の方から歩み寄って来る。だから、俺は手を伸ばして窓のカーテンを閉めた。
「テツさん……少しだけ接吻しないか」
「あぁ」
誰にも見せたくない。
俺だけの桂人にしていく。
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