閉ざされた秘密 5

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閉ざされた秘密 5

 桂人が扉を開けると、森宮家の次期当主、雄一郎さんが、難しい顔で立っていた。 「雄一郎さん!」 「テツか……朝早くから、こんな場所で何をしている?」 「すみません、勝手に……実は弟子が足に怪我したので、海里さんに治療してもらっていました」 「なんだ、海里もいたのか。久しぶりだな。お前は全然屋敷に寄りつかないで」 「兄貴、久しぶりですね」 「うむ……」  ところが雄一郎さんの関心は、海里さんよりも……明らかに桂人に向いていた。 「……彼は?」 「雄一郎さんが手配して下さった新しい庭師ですよ。初対面ですか」 「あぁ、そうか……お前が死に損ないの桂人(ケイト)か」 「……ふっ、やっとお会いできましたね。森宮家の……次期ご当主様」  いつもは温厚な雄一郎さんの口から出た言葉とは思えない、とても意味深なで気味な挨拶で、ゾクッとした。  そもそも『死に損ない』とは、一体どういう意味だ? そんな物騒なことを初対面の人間に吐くなんて、雄一郎さんらしくない。  俺のような一介の庭師が出る幕でないのは理解しているが、不安が過る。桂人がこの家に雇用されたのは、偶然ではないのか。何か思惑があってのことなのか。 『桂人はピリピリとした中に、怖れを秘めている』  それに気付いてしまった。 「ふんっ、威勢がいいな。随分と一人前の口を利くんだな。まぁいい。暫くはテツに付いてしっかり修行しておけ」 「……はい」    無表情に戻った桂人は、足を引きずりながら、足早に去って行った。  縫ったばかりでまだ傷が痛むだろうが、ここには一時もいたくないようだった。 ****  雄一郎さんが去った後、海里さんが診療室の片付けをしながら呟いた。 「何だかさっきは妙な雰囲気だったな……。取りあえず、また抜糸をしに来るよ。しかし曰くありげな青年だな。テツ……彼は足を怪我する前に、歩き方が不自然な時はなかったか」 「……? 俺よりも俊敏な奴ですよ」  何を問われているのか、理解出来なかった。 「そうなのか」 「何かありました?」 「うん……実は彼の両足の腱のあたりに深い傷跡があったので、一歩も歩けない時期があったのではと思ってね」 「えっ……そんなことは微塵も感じさせなかったです。それって、本当なんですか」 「あぁ、足の指を縫う時に気付いて……。古傷が痛々しかった。俺が外科医だ。見間違いではないよ。とにかく何だか心配だな……テツがしっかり守ってやらないと」  俺が……守るだと?   確かに昨夜怪我をして倒れた時や、今朝嘔吐した時は、無条件に守ってやりたいと思ったが、それは手負いの獣への気持ちと同じだろう?   一体、海里さんは何を言って……? 「あんなツンケンした奴をですか」 「おいおい柊一の言葉を忘れたのか。テツ、お前もやっと人間に関心が出てきたのだろう。少なくとも、この前と顔つきが違うぞ」 「そ、そうでしょうか」 「おっと……流石にもう戻るよ。柊一が心配してしまう」 「引き留めてすみません。こんな早朝からありがとうございます」 「いや、こんな時間ではないと近寄り難くてね。この森宮家の敷居は相変わらず高いな。兄貴に結局見つかってしまったが」  やれやれといった様子で、肩を竦め……海里さんは帰って行った。 ****  桂人か……  彼を見た時、何故か一瞬……俺の異母弟の瑠衣のことを思い出した。この屋敷で共に暮らしていた時代の瑠衣だ。桂人という男は、あの頃の瑠衣に似た暗い雰囲気を背負っている。  ともかく、何事もなければいいが……  やがて白薔薇の館が見えてくると、心から安堵した。朝の空気に包まれていても、森宮家には陰湿な暗い空気が漂っていた。だが、ここはどうだ?  朝日を浴びて煌めいている。白鳥が羽ばたく城のような清廉な雰囲気に、思わず目を細めてしまった。  俺はここがいい、俺の居場所はここだ。  正門玄関に近づくと、人が佇んでいた。  あれは……柊一ではないか。  彼は俺を見つけると、息を弾ませ走り寄ってきた。 「海里さん! し、心配しました。あの……どこに行かれていたのですか」 「あぁ、悪かった。もう起きてしまったのか」  すぐに彼の肩を抱くと、瞳に朝露のような涙を浮かべていたので、心配になった。 「……起きたら隣にいらっしゃらなくて、ドキリとしました」 「悪かったよ。君を悲しませるつもりはなかった」  どこか拗ねたような様子が可愛くて、中庭に寄り道をしたくなった。 「テツが大事な仕事道具を忘れたので、朝一番に届けてやったのさ、さぁ、おいで……」  深く抱きしめてやると、柊一は俺の胸元に、素直に顔を埋めてくれた。 「あ……消毒液の匂いがしますね」 「鋭いね。流石、俺の柊一だ」 「何かあったのですか。まさかお怪我でも?」 「いや、怪我したのは桂人だ」 「……桂人?」 「テツの新しい弟子さ」 「あぁ……あの彼ですか」  柊一は、それ以上聞いてこなかった。興味本位で聞いてこないのが、彼らしい。その代わりに、静かに俺を抱きしめてくれた。真っ直ぐで情の深い、柊一らしい行動だ。    そんな彼に俺は甘い口づけを落とす。朝の優しい接吻を―― 「あ……」 「おはようの挨拶……まだだったからね」 「はい」
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