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まるでおとぎ話シリーズ番外編『春の雪』 19
「そろそろ戻ろうか」
「そうね」
春子ちゃんが、今度は僕の前を歩いた。
「もう道を覚えちゃった」
「えっ、一度で?」
「うん! 私ね、記憶力だけはいいのよ。あ、ここからは離れがよく見えるね」
「本当だ」
春子ちゃんが指さす方向を見ると、桂人さんとテツさんの住まいの離れが確かによく見えた。実はさっき……あの窓から桂人さんが心配そうに覗いている気配を感じた。
しかし今は、カーテンがしっかりと閉められていた。
ということは……。
「お兄ちゃんの部屋は2階の……あ、あそこかな? あら? こんな時間からカーテンが閉まっているなんて、どうしたのかな? さっきは開いていたのに。あ、もしかして……お兄ちゃん具合が悪いんじゃ……私、様子を見てくる!」
え、それはまずい……きっと、絶対にまずいよ!
「ちょっと待って! 桂人さんは、いつも元気で寝込んだことなんてないよ。だから今は出掛けているのかも」
「そんなの分からないじゃない。心配だわ」
「大丈夫だよ」
春子ちゃんの心配も尤もだが、今桂人さんの部屋でなされていることを想像すると、どう考えてもお邪魔だろう。
「うーん、じゃあここから呼んでみる!」
「え?」
「おにいちゃーん!」
大きな声で春子ちゃんが呼ぶが、返事はなかった。
「いないのかな? うーん、もう一度呼んでみるね。お兄ちゃーん! いないの?」
すると今度はカーテンが開いて、桂人さんがかなり慌てた様子で顔を覗かせた。
あーあ、絶対にお邪魔だったよなぁ。すみませんと、僕は頭をペコリと下げた。
すると桂人さんは窓を開けて目の前の木に飛び移り、するすると器用に降りてきた。
参ったな……すごく身軽で颯爽としていて、桂人さんって本気でカッコイイ! これでは僕……全然ダメだ。木登りなんて出来ないし。
「どうした? 春子! 何かあったのか」
「あぁ、よかった! お兄ちゃん、具合が悪いのかと思って……こんなお昼間からカーテンを閉めるなんて、どうしたの?」
「あ……いや……その……テツさんと……寝てた」
桂人さんが目元を潤ませて告げた言葉に、僕は驚いた。
寝てた……って、あまりに、あからさまだ!
しかし決死の覚悟だったはずの告白も……春子ちゃんには全く通じなかった。
「なーんだ! 今日は庭のお仕事は休業なの? テツさんまで一緒にお昼寝中だなんて……起こしてごめんなさい」
「え……? いや……大丈夫だ」
桂人さんは決まり悪そうに、自分の濡れた唇を、そっと手の甲で拭った。
桂人さんの唇が艶やかに潤っていたのを、僕は見逃さなかった。
白昼夢のような情事か……
うーん、僕にはまだ未知の世界だ。
僕はまだまだ……子供だなぁと思った。同様に春子ちゃんも。
「お兄ちゃんってば、もう25歳なのにお昼寝なんて子供みたいだね。でもホッとしたわ。お兄ちゃんが変わっていなくて良かったぁ」
「変わっていないか……」
桂人さんは何かを言いたそうだったが、言葉を呑み込んだ。
「あ、柊一さんと海里さんだわ……あら? あの二人って……」
今度は春子ちゃんが、逆方向を指さした。そこには兄さまと海里先生が肩を並べ、楽しそうにお喋りしながら歩いていた。
まるで、その両脇には白薔薇が咲き誇っているように見えた。今は秋だから何も咲いていないのに、とても幸せなオーラで満ちていた。
「不思議……男の人同士なのに素敵な雰囲気ね。ねぇねぇ雪くん、もしかして、ああいう雰囲気を『ロマンチック』と言うの?」
「……そうだよ。二人はとても仲が良いんだ」
「そうなのね。このお屋敷は不思議ね。女の子は春子しかいないのに、とても華やかで、気に入ったわ」
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