まるでおとぎ話シリーズ番外編『春の雪』 19

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まるでおとぎ話シリーズ番外編『春の雪』 19

 参ったな……どうして、春子に伝わらなかった?  ちゃんと言ったつもりだったのに。    早くテツさんとの関係を話したいのに、上手く話せなかった。  溜め息を吐いた後、くっと天を仰ぐと……俺の部屋にテツさんの気配を感じた。見えない場所で、彼はまだ……おれを待ってくれている。  テツさん、すまない。おれ、あなたを置いて飛び出してしまった。 「春子、ごめん。おれ、また部屋に戻るよ」 「うふふ、お兄ちゃんってば、まだ眠いのね。今度はお邪魔しないわ」 「……ありがとう」  春子の頭を軽く撫でてやると、小さい頃のようにくすぐったそうに笑ってくれた。   「そうだ! 春子ちゃん、お隣の白江さんの家に遊びに行こうか」  どうやら雪也くんが、おれたちに気を利かせてくれたようだ。 「この前の双子ちゃんのお家ね。行く! 行きたい! 雪くん~、ありがとう」     春子たちを見送った後、おれはもう一度木に登り、自分の部屋に勢いよく舞い戻った。  すると、すぐに腕を掴まれベッドに勢いよく押し倒された。 「桂人はお転婆だな」 「あ…待て、窓を閉めないと」 「……そうだな。桂人との関係をコソコソするのは慣れないが、相手がお前の妹なので気を遣うな」 「春子にはきちんと話したかったから、さっきストレートに『テツさんと寝ていた』と伝えたのに駄目だった。じゃあ……どう切り出していいのか分からないんだ。おれ、口下手だ」 「そうか……口下手は俺も同じだ」 「……俺たちだけでは頼りにならないな」 「ははっ、その通りだ。海里さんを頼るか、それとも雪也くんかな」    朴訥としたテツさんが笑うと、大地の香りが広がった。 「テツさん……続きをしたい」 「桂人は甘えっ子だな、途中で俺を置いて、窓から飛び出したくせに」 「それは……すまない。春子に呼ばれると条件反射で……それから甘えるのは、テツさん限定だからな」  おれは、するりと……テツさんの逞しい背中に手を回した。   「桂人が俺限定で甘えるのは知っている。嬉しいことだ」 「それから……先のことを考えるのも苦手だ」 「それも知っている」 「ずっと未来に夢なんて……見ちゃいけなかったから、分からない」 「分かっているさ」  テツさんが俺に触れてくれて、温めてくれる。  一度知った『ぬくもり』は、おれを虜にして離さない。 おれも離れたくないから、テツさんの身体にしがみついた。  **** 「雪也くんと春子ちゃん! ちょうどいいところに来てくれたわ。朝が遊びたいって大騒ぎで、でも夕は眠りたいってグズって……もうパニックよ。ねぇ少しだけ、朝と遊んでいてくれない? 夕をとにかく寝付かせてくるから」  白江さんの家の応接間に通された途端、あーちゃんを預けられてしまった。  参ったな。お転婆あーちゃんは僕の手に負えない。兄さまと僕はいつもあーちゃに振り回されてしまうから、春子ちゃんの前で格好悪いな。 「大丈夫よ、雪くん、ここは春子に任せて!」 「あ……うん。僕……役に立たなくて」 「大丈夫! 人には得手不得手があるわ。雪くんは、春子にもっと『ロマンチックな世界』のことを教えてね!」  ロマンチック‼  そ、それってなんだろう? 心臓はドクンドクンと派手に跳ねる!  春子ちゃんは子守りに慣れていた。  あーちゃんの機嫌を損なわず、さり気なくルールを教えている。 「すごいね。春子ちゃんは慣れているな」 「あのね、村では近所の家の子守りをしてあげると、少しだけ駄賃をもらえたから」 「……そうなんだ」 「私が唯一……あの村で出来たことかな。あとは駄目。学校にもあんまり通えなかったらまだ漢字も苦手だし。もう16歳なのにね」 「あ……漢字なら僕が教えてあげるよ。君のお兄さんもテツさんに学んでいたから、君には僕が」  思い切って申し出ると、春子ちゃんが目を丸くしてくれていた。 「いいの? 私……本当はもっともっと学びたかったのよ」 「そうなんだね」  すると白江さんが部屋に戻って来た。 「朝、すっかりいい子に積み木をしているわ。びっくりした。そうだ! いいことを思いついたわ。春子ちゃん、あなた我が家で働かない?」 「え? こんな立派なお屋敷で……? 無理です。私中学もろくに通えていないのに……素性が」 「桂人くんの妹さんなら問題ないわ。それに朝の扱いに慣れてる。どんなお手伝いさんも朝だけは無理ですって、逃げていってしまうのに」 「え……つまり」 「朝の子守りの仕事よ。どうかしら? その気があるなら、すぐにでも柊一さんに頼みに行くわ」  びっくりした。急展開だ。    でも、それ、いいかも。    春子ちゃんは少しもじっとしていられない向上心溢れる女の子だから、僕も応援したい。 「やりたいわ! やらせて下さい」 「じゃあ、まずは保護者の……お兄さんの許可が必要よ」 「分かったわ。今すぐ行ってきます!」 「あ……待って」  春子ちゃんって、風来坊だ。あっという間に、真向かいの冬郷家に戻ってしまった。  僕は呆気にとられて、その後ろ姿を見送るしかなかった。  僕は、まだまだだな。    春子ちゃんの生きるスピードに付いていけない。  悔しい……!  もっと男らしく、もっと強くなって、春子ちゃんに追いつきたい。 「雪也くん? あなた、いいお顔をするようになったわね」 「え……」 「小さい時は本当に皆に守られた小公子のようだったし、ご両親が亡くなった後も柊一さんに守られてひっそりと庭に佇んでいるような大人しい男の子だったのに……何だか」 「何だか?」 「ふふっ、急に男らしくなった! って、ごめんなさい。男の子に向かって」  参ったな、自分でも思っていたことなので、図星だ。 「白江さん、僕……まだ間に合うかな? もっと格好良くなりたいんだ。桂人さんみたいに颯爽と、春子ちゃんみたいに勢いよく生きてみたい」 「雪也くん……」  白江さんは……大きく美しい瞳を潤ませた。 「あ……当たり前じゃない。あなたはまだ15歳よ。人生はこれからよ。ようやく手にいれた健康な身体なんだから……どんどん夢を持っていいのよ。雪也くんは冬郷家にとって、なくてはならない人になるわ」  白江さんは兄さまの幼馴染みだけれども、ずっと病弱な僕を見守ってくれたお姉さんみたいだから……嬉しかった。 「白江さん……ありがとう」   あとがき(不要な方はスルー) **** 軌道に乗ってきました。 お話しが動き出しますね^^ 今日はこれから20スター特典『月の客』を執筆しますね。 今日中にUPできると思います♡
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