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まるでおとぎ話シリーズ番外編『春の雪』 20
「桂人? 大丈夫か」
「あ……あぁ」
「受け入れる方が負担が大きい。お前はもう少し休んでいろ。俺は先に庭仕事をしてくる」
「いや、おれも起きるよ」
まだ気怠い身体をゆらりと起こすと、内股がしっとりと濡れていた。
「ん……っ」
「気持ち悪いか。ざっと処理はしたが、中に出して悪かった」
「いや、大丈夫だ。テツさんはシャワーを浴びたのか」
「あぁ、先に使わせてもらった。どれ? お前も浴びるか」
「あぁ」
長い前髪を掻き上げると、テツさんとバチッと目があった。
おれ……テツさんに抱かれて、身体がまだ……すごく熱い。
あんなに凍えていた身体は、あの媚薬をもらってから、すっかり過敏に反応するようになったな。
「水を取れ」
「ん……」
テツさんは俺を激しく抱くが……
抱く前も、抱いている間も、抱いた後も、変わらずに優しい。
「桂人は木登りが上手すぎるな」
「……そうか」
「あぁ、登るのも降りるのも、本当に身軽で驚くばかりだ」
社に閉じ込められいる時、邪な思いを募らせた村人に何度か襲われそうになった。あいつら……最初は柔やかにおれに饅頭など持って近寄ってきては……その後、豹変した。
おれが木登りが上手になったのは、あいつらから逃れる手段だったのもある。なんてテツさんに告げたら、悲しませるだけだろうな。
「テツさんは優しいな」
「そうか。当たり前のことをしているだけだぞ。愛するものは、どこまでも大切に手入れする性分でな」
「はは、おれは植物ではないぞ?」
「あ……コホン、それは……知っている。桂人……俺は恋愛に疎いから、人を愛するのは、これで合っているか分からない。俺がすること……嫌じゃないか」
「イヤどころか、うれしいよ。テツさん……」
まだ上半身裸のテツさんの逞しい胸筋に手を這わすと、ふわりと抱き抱えられた。
「お、おい?」
「シャワー室まで運んでやる」
「すまない」
「ここは、ありがとうだろ?」
「あ……ありがとう」
こんなに優しくしてくれているのに……まだ優しさを無条件に受け取ることに慣れていないので、つい謝ってしまうよ。
「そろそろ庭の手入れをしてくる」
「分かった。おれも後で行くよ」
「無理すんなよ」
パタン……と扉が閉まる音がする。
おれは頭からシャワーを一気に浴びて、テツさんと繋がった痕跡を洗い流した。
いつものことながら、少し名残惜しく感じる。
おれはテツさんに溺れている。
****
桂人は不器用な甘えん坊だ。ついでにじゃじゃ馬な所もある。
だが、そんな所が心から愛おしい。折れそうな苗木を補修し、丹念に手入れしているような心地にもなる。
二人分の精を受け止め皺くちゃになったシーツは、片手でザッと引き抜いた。
今日は少し羽目を外し過ぎたな。
桂人の甘い香りと俺の匂いが交ざり合った濃密な空気を入れ替えるために、窓を開けて解き放った。
シャツを着ると、身体には生気が漲っていた。
桂人は不思議な男だ。彼の身体の中に入ると、パワーをもらえる。
俺がここまで淡々と生きてきた人生が、どんどん輝き出す。
鎮守の神様がいらっしゃるのなら、俺は桂人という宝物をもらったのだ。
奢らず、謙虚に……それでいて深く強く……桂人を愛したい。
部屋を出て階段を降り出すと、トントンと逆に上ってくる足音が聞こえた。
「あ……テツさん! もう起きたのですか」
「……春子ちゃん、何所へ?」
「お兄ちゃんの所に。突き当たりの左手のお部屋ですよね?」
「あ、あぁ……」
「ありがとう!」
危なかったと胸を撫で下ろした。するとすれ違いざまに声をまた掛けられギクリとした。
「あの……テツさん、気持ちよかったですか」
「え?」
ドキリとした。何が……だ?
「お昼寝って、とっても気持ちいいですよね」
「あ、あぁ」
参ったな。俺も桂人も口下手だ。まだ何も知らないうら若い乙女に、とても男同士の交わりについて説明出来そうもない。
髪を掻きむしりながら、一気に階段を下りた。
手には……俺たちの放った熱を吸い込んだシーツを握りしめていた。
換気もしたし……部屋に色事の痕跡は残していないはずだ。
しかし……妙な緊張が走るな。
はぁ、一体どうしたものか……この先どうしたらいいのか、困ったものだ。
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