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まるでおとぎ話シリーズ番外編『春の雪』 21
「実は……白江さんに相談があって」
「どうしたの?」
「あの……さっきの春子ちゃんのことなんですが」
「んー? どうしたのかな?」
「そ、の……」
しどろもどろになっていく僕の顔を、白江さんが覗き込んでくれた。
「もしかして春子ちゃんって、雪也くんの初恋?」
「え! どうして分かるのですか!」
「だって顔に書いてあるもの。さっきから熱もないのに、顔が赤いわよ。いつもの雪也くんらしくなくて、挙動不審だしね」
白江さんが細い指で僕のほっぺをツンツンするので、余計に顔が赤くなってしまう。
「か、揶揄わないで下さい。参ったな。な、内緒ですよ」
「もちろん。そうか~あの赤ちゃんがついに恋をしたのね。羨ましいわ」
「……白江さんは、結婚しているのに……恋をしなかったの?」
あまりに羨ましそうに言われたので……思わず聞いてしまった。
「うーん。そうねぇ……主人のことは普通に好きよ。お見合いで婿養子に来てくれて、双子の赤ちゃんも生まれて幸せよ。でも……何かが……」
「でも?」
「おとぎ話のようにドラマチックではなかったかな。贅沢な悩みよね。お隣で柊一さんと海里さんが、宿命的な恋を繰り広げているのを見ていると、少し羨ましいなって思うの。それにほら、春子ちゃんのお兄さんもでしょ。あの朴訥なテツさんと熱い恋仲よね」
「は……はい」
白江さんは理解があるから、助かるな。
「白江さんは、兄さまが同性同士の恋に落ちたことを知って……驚かなかったのですか」
「そうね……もちろん一般的ではないので最初は少し驚いたわ。でも……柊一さんのご苦労を思えば……彼が幸せだと想う人と添い遂げて欲しくて。海里さんなら、柊一さんを委ねられると思ったのよね。あら、これじゃ私が保護者みたい」
「ははっ、本当ですね」
僕と同じだ。
白江さんは甘く懐かしそうに……微笑んでいた。
「柊一さんと私は大切な幼馴染みよ。家も真向かいで母同士も仲良かったし、少し大人しい柊一さんをよく連れ回したわ。柊一さんは奥手で……恋も愛も知らなかったのに、ある日突然、王子様が現れるなんて……やっぱり少し羨ましいわ」
確かに……。
まさかあの兄さまがあそこまで海里先生にベタ惚れするとは。いや海里先生の方が先だったのか。いずれにせよ……お互いに同じように想い合っているのって、いいな。
「あの……話が変わりますが、春子ちゃんには……その、同性でも愛し合えるという知識がないので、さっきも桂人さんが決死の覚悟でストレートに告げたのに、理解出来なくて……どうやって伝えたら春子ちゃんもすんなり受け入れられると思いますか」
僕の家は男所帯なので、同性の白江さんの意見を聞いてみたかった。
春子ちゃんが大好きなお兄さんを嫌い、ショックを受けないように。
「そうね~、言葉だけで伝えるのは難しいわよね。理解しにくいし……そうだわ。まずは柊一さんたちの仲睦まじい様子を見せて、免疫をつけていくのはどうかしら?」
確かに! 先ほど兄さまと海里先生が仲よさそうに戻ってきたのを見て、ロマンチックだと言っていたし……いいかも!
「白江さん、ありがとうございます」
「可愛い雪也くんのお役に立てるといいけど、いつでも頼ってね」
「はい!」
****
「あぁ、さっぱりした」
全身を洗うと目が覚めるようだった。
毎日シャワーを浴びられるのは、最高だ。
テツさんがいる時は、おれの髪をバスタオルで拭いたりと世話を焼きたがるが、今はいない。だから獣みたいに頭を左右に振って、水滴を飛ばした。
「おっと、タオルを……」
風呂上がりは腰にタオルくらい巻けと口煩く注意されたので、なんとか習慣になった。
ふと……鏡の中の俺と目が合った。
お前が……桂人だ。
あの社でずたぼろの白い装束を来て、寒さに震え、吹雪の音や暗闇を怖がっていた桂人はもういない。足に巻き付いた赤い縄の幻覚も……もう消滅した。
お前は……テツさんに愛されている桂人だ。
抱かれた直後の身体はまだ熱を帯びており、胸元に薔薇の刻印をつけられていた。
男にしては白く、繊細過ぎるきめ細かい素肌が苦手だったが、テツさんがつけてくれる証しが綺麗に咲くのだけは、気に入った。
ひとりじゃない……おれは、もう。
コトン……
部屋で物音がしたのでテツさんが戻ったのかと思い、勢いよく扉を開いた。
「テツさん! 戻ったのか」
ところが部屋にいたのは春子だった。
「お……お兄ちゃん……ふっ、ふ……服を着てー‼」
「は、春子!?」
そうか……年頃の妹に、こんな格好はまずいよな。無作法なおれにも、それ位のことは分かる。それから胸元の接吻痕も、うら若き乙女の春子に晒すにはまだ早い!
「わ、悪い! 風呂に入ってたんだ」
「う、うん。とにかく何か着て!
「あ、あぁ……悪い」
お互いギクシャクしているな。
「何か着てくるよ」
くるりと背を向けると、背後で春子が小さく息を呑んだ。
「どうした?」
「う……ううん。なんでもない」
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