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まるでおとぎ話シリーズ番外編『春の雪』 24
庭の手入れをしていると、柊一さんがやってきた。
「テツさん、お疲れ様です。あの……桂人さんを見ませんでしたか」
「さぁ、今日は庭には来ていないが……朝から執事服を着ていたので屋敷の中にいるのでは?」
執事服の時は『庭いじり禁止』と瑠衣にしつけられていたから、大人しく屋敷にいるはずだが。
「それが、さっきから姿が見えなくて」
「おかしいですね。すぐに探してきますよ」
「ありがとう。僕は急がないので、でも戻られたら執務室に来てくれと伝えて下さい」
柊一さまは気分転換に庭にやって来たようで、気持ち良さそうに天を仰ぎ、深呼吸した。その細い首筋のシャツで隠れるギリギリの所に、海里さんに愛された証を見つけて、俺の方が照れ臭くなった。
海里さんも夜な夜な、よくやるな。
おっと、そういう俺だって桂人の胸に薔薇の花びらを散らすのが好きだから、人の事は言えないか。
さてと……桂人はあそこか。
本館前の高い樹木が、桂人の好きな場所だ。以前は夕暮れ時になるとよく登って、高い場所からオレンジ色に染まる街をじっと眺めていた。
故郷に残してきた妹を想っていたのだと気付いたのは、いつだったか。
妹を取り戻した今、木登りする意味は何だろう?
「桂人!」
上に向かって名を呼べば、すぐに頭上から返事があった。
「テツさん?」
「何をしている? 柊一さんが探していたぞ」
「あ……! すまない。今行きます」
桂人は、すぐに器用にするすると降りて来た。 見れば執事服のままだ。
「おい、その格好で木登りはよせ」
「あ……ははっ、そうだな。だが汚してない」
口角を上げると、桂人はとても華やかな美人顔になる。感情表現が未だに苦手な桂人の明るい表情は、目映い。
「どうした? 随分と機嫌が良さそうだな」
「あぁ、春子を見ていたんです。庭で子供と遊んでいましたよ。ちゃんと働いて……感心しました」
「あぁ……それでか」
今日から春子ちゃんは白江さんの家に勤め始めた。だから気になったのか。直接見に行けばいいものを……だが木の上から覗くなんて、桂人らしいな。
兄としての桂人もいいが、俺の恋人の桂人が欲しくなる。
「ほら、屋敷でしっかり働いてこい。午後には、こっちも手伝えるんだろう?」
「えぇ、楽しみですよ。この窮屈な服も脱げるし」
ニヤッと笑う桂人に、執事服はよく似合っていた。
****
その晩……白江さんに言われたことを、お布団の中で何度も考えてみたわ。
私ってば、とっても大胆なことを言ってしまったわ。
もしもお兄ちゃんに子供が授からなかったら、私が産んだ赤ちゃんを抱っこしてもらうなんて。
故郷に居た時は、お嫁に出される寸前だったのを思い出した。嫌な記憶だわ……東北の片田舎、閉鎖的で不便な場所だった。時代錯誤もいいところで……女は赤ん坊を産み続けるモノのような雑な扱いだった。きっと私も……結婚したら顔も知らない年上の男に抱かれて、すぐに子を孕まされて……一生を終える所だった。
でも、今の私は違う!
まるでおとぎの国のようなお屋敷に住んで、天使のようなお子さんの子守りをしている。食べ物だって西洋のものが多くて、夢のような現実だわ。
だから、もしかしたら……いつか王子様が……私にもやってくるのかもしれない。
そんな夢を抱いてもいいのかな?
あーん、ドキドキして眠れない! 頬が火照ってきてしまう!
さ、冷まさないと! お兄ちゃんに笑われてしまう。
夜風に当たろうと窓辺に立つと、眼下に海里さんと柊一さんの姿が見えた。
海里さんが柊一さんに、手をすっと差し出す。
あら……素敵! まるでおとぎ話の世界ね。
ところで、あの二人はどうしていつも一緒なのかしら? 柊一さんがこの家の当主なのは分かるけれども、どうして医師の海里さんまで一緒に暮らしているの?
でも……ふたりが並ぶと、とてもしっくり来るわ。
まるで、ふたりは……
いやだ! 私ってば……男の人同士がお似合いだなんて、変なことを考えちゃった。
でもでもね……なんだか溜め息が出てしまうほど素敵なのよ。
月明かりに吸い込まれるように、彼らは庭の迷路に消えていった。
行き先はどこなの?
あの月が綺麗に見えるテラスなのかしら。
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