まるでおとぎ話シリーズ番外編『春の雪』 26

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まるでおとぎ話シリーズ番外編『春の雪』 26

「桂人、あの櫛はどうした?」 「あぁ、春子に貸したんだ。あの……駄目だったか」 「……そうか、いや、駄目ではないが」 (あの櫛は特別だった……桂人のために心を込めて、わざわざ桂の木で作ったものだった)  とは言えなかった。何故なら俺は桂人よりずっと年上で大人だから、心が狭いことは言いたくない。  初めて会った時、桂人の髪はボサボサで随分傷んでいたが、今はサラサラの黒髪だ。 「テツさん、すまない。俺……やっぱりあの時、春子の髪を俺のせいで切らせてしまったのを悔いているんだ。だから……そのテツさんの作った櫛、すごく使い心地が良くて、あれを使うようになってから、俺の髪も綺麗になったから、春子が使ったら早く伸びるかもと……」  桂人にしては珍しく、沢山話してくれた。  俺のもどかしい気持ちが届いているようで、途端に心温まった。 「そうだな。春子ちゃんも、早くお下げが出来るようになるといいな」 「あぁ」 「そのまま、あげてもいいぞ。桂人にはまた違うのを作ってやるから」 「あ……ありがとう!」  桂人は、面映ゆい表情を浮かべていた。  そうか、そうだな。  また作ればいいのだ。  愛しい人に何かを作るのが、こんなに楽しいなんて知らなかった。 その楽しい時間が増えるのだから、嬉しいじゃないか。  俺は15歳から海里さんと師匠くらいしかちゃんと喋る人もおらず、ずっとひとりで生きてきた。だから休暇をもらっても行く場所もなく、庭だけを見つめていた。  そんな俺に……今は……桂人がいる。    **** 「春子ちゃん、朝の髪を結ってくれる?」 「はい! あぁぁ……あーちゃん、少しじっとしてくださいよ~」  さっきから、部屋の中を走り回るあーちゃんを追いかけてばかり。  もう、目が回るわ……! 「やーん、じっとしてるの、いやいや!」  すると白江さんのお膝にいたゆうちゃんが珍しく声を出した。   「あーちゃん、ゆうのところに、きて」 「うーん、ゆうちゃんがいうなら、しかたないなぁ」  妹のゆうちゃんはちょこんと白江さんの膝に乗って、大人しくお下げを結ってもらっていた。  ふと白江さんの持っている櫛が、目が留まった。 「あの……白江さんに聞いても?」 「なあに?」 「あのですね……この櫛を兄から貸してもらったんですけど」  ポケットから朝、お兄ちゃんが持ってきてくれた櫛を出して見せた。   「あら? もしかして……これお手製?」 「テツさんが作ったと言っていました。それで気になって。これってもしかして兄のために作ったものだったら悪いなって……あのあの、弟子と師匠の関係……絆ってすごく深いんですね」  白江さんは、『桂』と彫られた櫛を眺めて、暫く黙っていた。 「そうね、確かにあの二人の絆は深いわね。でも桂人くんの好意も無駄にしたくないわよね。春子ちゃんに使ってもらいたいと思ったのは、きっと、この髪のせいよね」  私が切ってしまった髪の毛を、白江さんが優しく触れてくれた。 「これはこれで、かろやかで可愛いと思うのになぁ」 「ふふ、男の人って若い女性は髪を伸ばしてお下げにして、慎ましくしているのが 理想なのかしらね? 実は私の主人も厳格な人で、娘の髪を結わいていないと怒るのよ」 「あぁ、だからいつもきっちり結んでいるんですね」 「そうなの、夕はいつもお下げ。朝は途中で取ってしまって……くるくるの髪を風になびかせているけどね」  本当に二人は対照的だわ。 「そうだ、春子ちゃん! あなたの顎で切りそろえた髪型……このヘアピンをつけたら可愛いかも」 「わぁ!」  白江さんが私の髪に、金色のピン止めをつけてくれた。 「うん! よく似合うわ。これ、あげる」 「わぁ……ありがとうございます」  鏡に映すと、まるで風にのって舞い降りてきた葉っぱみたいで綺麗だった。  私はもう……自由、風に乗ってどこまでも行けそう!  そんな気持ちにさせてくれるものだった。 3ed64b1b-7ac3-45cf-844c-3d539d74c910 **** 「お疲れ様でした」 「春子ちゃん、明日もよろしくね」  白江さんの家を出ると、ちょうど道の向こうから雪くんが歩いて来るのが見えた。  あら……学ランを着ていると、いつもより男らしいわね。 「雪くーん!」 「あ! 春子ちゃん」  私が走って近づくと、雪くんがじっと見つめていた。 「どうしたの?」 「春子ちゃんって……春風みたいにかろやかだね。いつもかろやかな身のこなしで、気持ちいいよ。それに……」 「なあに?」  向かい合っていると、雪くんが私の髪にそっと手を伸ばした。 「その髪型はカッコイイし、金色のピンも似合っているね」 「わ……あ、ありがとう!」 「君を見ていると、心地良いよ。君はいつも身体をしっかり動かして生きている! 明るく広く新しい心の持ち主だからいいなって……」  雪くんの言葉に反応するように、キュンっと胸の奥が鳴ったような気がした。  な、何かな……この音って。  
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